第2日 魔法の国で過ごす。
午後。もうすでに3時を過ぎようとしている。しかし夏が近いからか太陽はまだ高い位置にあり、気温もそこそこ高い。雲がところどころにある青空というのは気持ちがよかった。
俺はそんな中、携帯の地図を頼りに異世界のものを取り扱う大型のお店を目指していた。知らない場所で1人というのも寂しいものがある。だが、俺の目に飛び込むものといえば見たことのないものばかり。
例えば空飛ぶ人。箒にまたがっているが、それはまさしく空を飛ぶということなのだろう。
例えばドラゴン。これはもう知らん。見ないようにするしかない。
例えばわけわからん生物。見たことのない生物やら植物がお店で売られたりしている。これも知らないふり。俺が関わらなければいい話である。
例えば魔法。高校生ぐらいのやつらが「俺の方が強いしぃー」「いや、俺がその百倍強いからぁ」とかって言いあいながら火を出したり水を出している。危ないだろあれ。警察捕まえろよ。
「はぁ・・・」
俺は全てに知らないふりをきめ、なんとか目指すべきお店へと移動する。
しばらく歩くと大きなデパートのようなお店が見えた。この感じだと日本のデパートと同じようにこのでかい建物の中にたくさんのものが売っているのか、なんて思う。
自動ドアをくぐると、
「いらっしゃいませー」
と何人かの人々がお辞儀する。中に入るとたくさんのお店が中に入っているタイプのデパートで日本人の俺からすればとても馴染みやすい場所となっていた。
俺は従業員さんたちに軽くお辞儀をして、先へと進む。中には人がたくさんいた。ちょうど学校帰りでもあるのか、学生もたくさんいる。
「な・・・」
しばらく進むとそこには本屋があった。俺は急いで駆け出し、本を見る。
「夏目漱石に、太宰治・・・これは完全に日本のものだ!」
思わぬ発見に俺のテンションは最高潮。迷子が親と出会えたような感動を感じる。本屋の中を見るとたくさんの本があり、そのほとんどが日本や、地球にありそうなものであった。もちろん全部の本を見たことがあるわけではないので分からないが。
というか、ここの世界に来てから字で困ったことがない。絶対に字も違うはずなのだが、翻訳ワープは字までも読めるようにしてくれるらしい。きっとこの日本の本もこちらの言葉に翻訳されているはずだが、俺でも読めた。というか俺の目に映っている字は日本語なのだ。
「恐らく勝手に翻訳してくれるんだな・・・視覚的にも」
すごい便利だぞ、魔法。頼らないとか言っておいてすでに恩恵を受けている。でもこれは偶然も偶然、しかも非はこの国にある。自分のためなら人を簡単に非難できるのが俺だ。
「お客様」
「は、はい!?」
いきなり話しかけてくるから驚いたが本屋の従業員さんが話しかけてくれていた。後ろ髪が綺麗に長い。黒髪の似合う大和撫子という雰囲気がでているにも関わらず、どこかでまた異世界っぽさもでていた。でもおとなしそうな子で断然好感が持てる。
「あの、もしよろしければこのデパートについて説明させてもらってもよろしいでしょうか」
「あ、はい、よろしくお願いします」
唐突。そんなに困ったオーラでてたか、俺。
「ここは地球という世界のものを多く取り扱っているデパートです。もちろん他の異世界のものもあるのですが主に地球中心ですね」
ピンポイントすぎやしないだろうか。
「ですが地球のものは全く売れてませんね、本当に」
「な、それじゃあ商売失敗だろ」
今すぐ路線変更しないとつぶれるんじゃないか、この店。
「いえ、このデパートのオーナーが地球大好きらしくて、趣味で経営しているようなものですから」
「とんだ金持ちだな・・・」
今、俺も金に関係なく物を買える立場ではあるのだが。
「地球からここに人が来ることはほとんどなくて、歴史的にも1回ぐらいしかないのです。その時持ち込まれた文化にオーナーがはまってしまいまして」
「なるほどね・・・」
それで趣味で。
でもその趣味のおかげで俺は助かりそうだ。
「ありがとうございました。そうだ、何か買っていくよ」
「あ、え、そんなつもりでは」
「いいって」
俺も最低限の買い物以外はしたくないのだが、しょうがない。お礼代わりだ。やはりはやくバイトを探さないとな。俺はカバンの中に入っている求人雑誌のことを思い出す。
「じゃあ、これ」
「そ、それは地球産の夏目漱石の本・・・地球に興味があるのですか?」
「あーいや、俺地球人なんだよね」
「・・・・・・・・・」
そう言うと本屋の従業員さんがかたまった。
「あ・・・え・・・・・今、なんと?」
「いや、俺地球人」
証拠を見せようと財布から学生証を取り出す。
「ほら・・・って字読めないか・・・」
「い、いえ、確かに読めませんが・・・。それは地球の文字・・・」
ぴゅーっと走りながらお店の裏へと行く、従業員さん。戻ってきたその手には色紙があった。
「さ、サインください!」
「はい?」
「あ、あの・・・ミミちゃんへってお願いします」
「あんたもかよ・・・」
オーナーだけではなくこの本屋の人、ミミさんも地球大好きらしい。おとなしそうなのにはしゃぐ感じがなんか可愛くて俺は普通にサインしてしまう。
とりあえずこのデパートの本屋に俺の居場所ができたわけだが・・・他の連中はこうもいかないんだろうな。地球差別とかあったらどうしよ、と思いつつ、その本屋を後にした。
〇
デパートの中。うろうろしていると色々と日本にあるようなものが見つかり、故郷に帰って来たような感じがする。すでに食品などを買っており、地球のものを買う度に不思議そうに見られる。そんなに珍しいのか、地球産のものを買うのって。
買い物袋には普通のジャガイモや玉ねぎ、人参、肉、カレールー、それに冷凍食品をいくつかと卵、白飯などが入っていた。ご飯は今日はとりあえず即席のものを買ったが、次からはちゃんとした米を買わないとな。炊飯器も買わないと。
つーか、家に炊飯器がないということはこの国では白飯は食べないのだろうか。
まぁ、何を主食にしているとかあんまし知りたくないけどなぁ。
しかし、少し買いすぎたかな。俺は財布を取り出し、中のスタンプカードを見る。今日で大分たまった。これ集めたら何かもらえるはず。最大限節約して過ごそう。無限にお金が使えるからといってなまけていいわけではない。
「・・・・・・・」
帰宅する道を進む。
するとドンッ、と軽い音と衝撃が俺にはしった。
「?」
後ろを振り向くとそこには子供たちがいた。服装はあんま日本と変わらんがところどころ不思議な装飾のある服だ。手には杖を持っていて、地面にはサッカーボール。
どうやらサッカーをして俺とぶつかったらしいが、なぜ杖。
「あ、ごめんなさい」
「おう、気をつけろ」
そう言うと俺はそこから去ろうとする。
「あー!」
後ろから今度は大声で叫ばれ、後ろを振り向くと・・・。
「あなたが噂のお兄さん!?」
「噂・・・?お兄さん・・・?」
そこには黒髪の女の子。清純そうな見た目の通り、服もふわふわロングスカートで笑顔も輝いている。年齢は高校生ぐらいだろうか。それこそあのアンジェと同じぐらい。
おとなしそうな印象もありつつ、元気そうな印象もある女の子。
「初めまして。私ロメリアと申します」
「あー、えと、五百蔵・・・じゃなくてモモ=イオロイです、よろしく」
「お兄ちゃん、有名人なのー?」
ロメリアとやらのその声により、まわりの子供たちが俺を不思議そうな目で見つめてくる。その風貌は可愛らしいものであるが、いかんせん俺は子供が苦手だ。
「アンジェから聞いておりました。異世界から人が来たと。あなたはその人で間違いないですよね」
丁寧な言葉遣い。
一人称わたしではなくわたくしと言い、お姫様みたいな印象を受ける。アンジェも敬語ではあったが、ここまで同じ敬語でも違うものかと感心した。アンジェのは荒い。
「ああ、そうだけど」
「なんでも魔法のない国から来たとか」
その言葉に子供たちが「なんだ田舎ものかよー」「有名人じゃないんだね」「魔法使えないとかださー」といい始める。この野郎・・・。
「こら、いけませんよ」
ロメリアに怒られると素直に口をそろえて「はーい」といい大人しく、杖サッカーという妙なもので遊びだす。杖でボールを浮かしたり、スピードをあげたりとどうやら魔法ありなサッカーなようだ。
「珍しいですか?マジカルサッカー」
「魔法少女みたいな名前だな・・・」
マジカルバナナという遊びを思い出した。バナナといったら黄色、黄色といったらレモンなどと繋げていく遊びなのだが。
本物のマジカルである。
「実は私、あなたのいた国がどのようなところなのか興味があるのです。もしよければでいいのですが、時間があるときにでも何か教えてほしいのですが・・・」
そう、俺も気付いていたことではあった。
地球とこの国とでは大きく文化が違う。シュウマイを見たことがないようにどうやら主に食文化が違うらしいのだ。
マジカルサッカーのように微妙に同じ文化があるようにやはり食文化が一番違う物だと考えられる。マジカルベースボールとかもあるのだろうか。
「じゃあ暇なときにな」
「はい、ありがとうございます」
笑うロメリア。
本当ならばっさり断るつもりではあったのだが、少しこの国の住人を見返したくなった。俺はこの国に来てから驚いてばかりなのだ。なぜか悔しい。一方的にどっきりにひっかかっている気分。
ならば朝のアンジェのようにこいつらを驚かせるのもまたいいのではないだろうか。
こいつらの驚く顔を見て、最高の優越感に浸りたいという自分が一番思考が出てきた。いや、それこそが俺。ようやく本来の俺を取り戻せたような気もする。
「おい、ガキども」
俺はマジカルサッカーをしている連中を呼んだ。「なにー?」「なんだろ?」と口々に俺の前に並ぶ。意外と素直。というか女の子もいるんだな。マジカルサッカーなんてまさに男の子!という感じの競技っぽくはあるが。
「俺とサッカーやるぞ」
「サッカー?」
「マジカルじゃなく?」
「なにそれ」
「田舎の遊び?」
またもや口々に言いだす子供たち。
「マジカルサッカーのルールは恐らく・・・」
道路にチョークで書いたゴールらしきものを指さして、
「あそこにこのボールをいれれば点が入る。それで点数を競う、というものでいいんだよな」
「うん、そうだよ」
女の子がにっこりと笑い、「混ざる?」と聞いてくる。
いや、お気持ちは嬉しいが、遠慮しよう。
「サッカーは魔法禁止で足のみでゴールの中にいれるんだ」
本当はもっと細かくスローインだとかを教えるのだが、公園の遊び程度なのでそれはいい。
「魔法禁止で足のみ?」
「蹴るってこと?」
「そうだ」
飲み込みがはやいな。
「というかここ道路だけどいいのか?車とか来るんじゃ・・・」
この世界にきた初日危うく轢かれかけたことを思い出し、身震いする。
「それは大丈夫ですわ」
ロメリアがにこりと笑う。
「ここは私の家の私有地ですから」
「えぇー・・・」
俺、知らないうちに私有地に入ってたの?不法侵入とかになるのだろうか。
「私はあなたがこの私有地にいるということで異世界の人だと判断したようなものですから。普通ここらへんの人はここが私有地だと分かっていますしね」
「そこまで有名なのか、お前の家・・・」
お姫様みたいとか表現していたがあながち間違いではないのかもしれない。下手すれば逮捕だったというわけか。
「私有地に子供招き入れて遊ばせてるなんて偉いな」
「いいえ、にぎやかな方が楽しいですから」
やはりどこか品のある感じがする。
「ロメリアもやるか?」
「いえ、私は今日スカートですので。そちらのお荷物をお預かりしましょうか?」
お願いしますと言いながら俺はロメリアに買い物袋をたくす。
「あら、冷凍食品が入っているみたいですが」
見たことのないものばかりです、と驚きながら指をさす。
「こちら、魔法で凍らせておきますね」
「ありがとう」
深々と頭を下げ、お礼をいった。
「さて、ガキども。お前らは全員でかかってこい。俺は1人でいい。魔法禁止のサッカーをするぞ!」
〇
結果はボロ負け。
もちろん本気を出した。大人げないと言われることを覚悟した。それでも勝てなかった。ちょろちょろと動く小さな体はとてもじゃないけれどとらえきれるものではなかったのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息絶え絶え。
久々にこんなに走った気がする。
地面に倒れ込み、空を見上げる。もう夕暮れ時なのか空は赤く染まっていた。風がここちよくて、涼しい時間。それを楽しもうと目を閉じ、地面に大の字になる。
俺のまわりには子供たちが空を見ていた。
これだけ見れば河原で喧嘩後の不良たちみたいだな。
「みなさん、大丈夫ですか?」
ロメリアのその言葉に俺らは答えられない。
とにかく酸素がほしいのだ。あの限界をこえてもひたすら走る感じ。酸素をとりこもうと大きく動く胸。どれも最近味わったことのないものだった。
「マジカル・・・サッカーより・・・疲れる・・・はぁ・・・はぁ・・・」
子供たちもそのように言いながら必死に息をしている。
子供たちは足でボールを蹴るという経験が少なかったらしく、よろけたり転んだりしていた。怪我はしていなかったがそれなりにボロボロである。
ドリブルができない!と思ったやつらはパスでなんとかボールをまわし、俺が疲れて息を整えている最中にゴール。その繰り返しだった。
「いいかお前ら。次は負けない。俺は一番をとる男だ。たとえ子供相手でも必死で練習してお前たちに勝ってやるからな」
「次も俺らが勝つぞ、な、みんな」
「おおー!」という歓声が上がる。どうやら元気みたいだ。
「気持ちよさそうですね、モモさん」
「別に。疲れてるだけだよ」
俺はまた目を閉じる。
「今度は私もやりますわ。ぜひ、誘ってくださいね」
「ああ、暇なときにな」
俺が今日やるべきことは自炊に他にもサッカーの練習という項目が増えたのだった。
こちらに来てから驚きの連続だったものの、地球にいるときよりも健康に過ごせているような気もする。こっちの1日が地球の1秒だという情報を聞いて、少し余裕が持てたからであろうか。
風が吹く。
自分の髪がなびく感覚。
小学生のころを思い出し、なぜか、くすりと笑った。
買い物や外での遊びなど日常面がさらに増えたような気もします。
今回、前回と地球の遊び強めだったので次回は少し異世界側のことも書いていきたいと思います。
ではまた次回。