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ありふれた殺し屋の特別な仕事

作者: クック先生


 今朝の新聞の一面にも、その物騒な事件の記事が踊っている。

 

 今年の春先から連続して起こっている、無差別猟奇殺人事件だ。


 昨日も2人、何とも無残な殺され方で発見され、ついに犠牲者は三十人を超えたそうだ。

 ワイドショーは連日この犯人像をあれこれと推測し、モニターの前の視聴者をにわか探偵へと変貌させている。

 一八八八年の切り裂きジャックから二百五十余年。この手の話題は、常にマスコミの格好のネタとなり、視聴者の好奇心を煽り続けているのだ。

 

 いつもなら私も、その推理ゲームを楽しむ一人になるはずだろう。だが今はそんな気分ではない。まったく……無差別に人を殺める、そんな行為に、何の躊躇も持たないであろう犯人が羨ましい限りだ。


 かく言う私も、人の命を奪うという事に何の躊躇いもない。そう、飯を食ったり小便をしたり、呼吸をするのと同じ事だ。

 だがそれは仕事上での話。依頼を請け負い、ターゲットとなる相手を葬る仕事。私はそれを二十年も生業として続けている。



陳腐な言い方ではあるが、所謂殺し屋という奴だ。



 そんな私でも、昨日受けたケースは依頼の受諾を戸惑わせるものだったのだ。


 ターゲットは世界的シェアを誇る製薬会社、マイヤーコーポレーションの若き社長にして新薬研究開発のトップ。そして私の幼い頃の親友でもある人物、セル・マイヤーでる。


 幼少時代、下町の不良少年達に絡まれているところを助けたのがきっかけで知り合いとなり、以来身分の隔たりも関係なく、共に時を過ごし、大いに未来を語り合った仲だ。

 数少ない親友の一人、いや、唯一無二の大親友と言うべき存在だった。


 事情を知ったエージェントは断るかと聞いてきたが、これが私の仕事だ。そこはプロに徹して仕事を引き受けた。

 それに好条件での依頼でもあるし、今は彼とも疎遠になって関わりも無い。

 そう、引き受けたはいいが……今だ幾分迷いが残っている。昔の事とは言え、親友だった者を殺せるのだろうかと。


 ときに依頼を寄越した人物はどんな奴かと思い尋ねると、なんとそれは彼の実母だった。

 私は彼を始末すると言う依頼にこそ怯みはしたものの、依頼者については別段驚きもせず、さもあろうとさえ感じた。


 私のような一般生活者を見下し、幼い頃の我々の仲を引き裂いた張本人。高慢で厳格なその姿は、幼心に幾倍にも大きく見えたものだ。


 そして一方で、彼の弟を溺愛する偏見者でもあった。兄より弟の方が出来が良いという思い込み。それは完璧主義から来る、一種の強迫観念なのかもしれない。

 きっと邪魔な兄を亡き者として、弟に事実上世襲制となっているマイヤー社の実権を握らせる腹なのだろう。

 まあ私の推理力もワイドショー程度の域を出ないが、概ねそんな所では無いだろうか。


 仕事は条件的に至って簡単なものだった。お膳立ては向こうで取り計らってくれているらしいのだから。

 早朝、屋敷内にある花壇の手入れをするセル・マイヤーを、約三百ヤード離れたビルの屋上から狙撃する。それが私に課せられた仕事だ。


 何の下調べも必要とせず、ただ言われた標的を打ち抜く。実に簡単な作業ではあるが、それ故に裏があるのではないかと憶測せずには居られないのも事実だ。

 




 早朝六時――指定された場所に少々重い気持ちのまま赴く。


 銃を組み立て、嘗ての友人との再会を待つ。これ程全く望ましくない再会はないだろう。 


 程なくして、庭先に一つの人影が姿を現した……彼だ。長距離用のスコープ越しに覗く彼の立派になった姿は、少年期の彼とはまるで別人のようだ。それ故幾許かは迷いも消え、彼を冥土へと送る決心も付いた。


 息を整えセルの動きに呼吸を合わせる。彼は様々な色を奏でる花達へ、朝の挨拶のように一人で水を与えている。今が絶好の機会だろう……さらば、友よ。


 だが私は、引き金に添えられた人差し指の動きを止めてしまった。


 それは決して、旧友への情から来る躊躇いからではない。スコープの十字越しに見える彼と……目が合ったのだ。


 しまった、やはりコイツは何かの罠か? 一瞬考えがふと過ぎったが、それはありあえないだろう。当然この距離ならば、こちらに気付いていない筈なのだから。



 しかし彼は、私の方を……いや、間違い無く私を見て微笑んだのだ。



 その屈託の無い微笑みは、数十年の時を一瞬で埋めてしまった。少年の日々を楽しく笑いあった彼、セル・マイヤーがそこに居た様な気がしてならなかったのだ。


 永遠とも思える一瞬の中、レンズ越しに見えるセルは、すっと目を閉じ一言呟いた。

 その言葉は私の耳に届く筈は無かった。が、口の動きがセルの意思を私に伝えたのだ。



『早く撃て』と。



 まるでその言葉が呪縛から解き放つ様に、私を仕事へと、現実へと引き戻す。


「アーメン、友よ」


 彼との今世の別れを告げる音が高らかに鳴り響く。


 セル・マイヤーが愛情を込めて育てていた花壇の花達より、一際美しい鮮烈な赤い大輪の花が咲いたのを確認し、私は事後の痕跡を残さず回収して、その場を後にした。


 去り際、不思議と何の感情も湧かなかった自分自身に、少し嫌気がさしていた。きっと私も巷を賑わす無差別殺人鬼と、なんら変わりは無いのだろう。


 ……いつかは地獄行きだ。





 報酬の受け渡しで、エージェントが尋ねて来た。依頼者が直接私に報酬を渡したいとの事だ。


 きっと依頼者である彼の母は、私が殺し屋だと知った上で、故意に雇ったのだろう。当然この後、嘗ての蔑視心も露に、私を呼び寄せ口を封じ、身の安泰を図るつもりに違いない。彼女からすれば私の始末など、害虫退治と似たような物なのだから。


 だが私もそう易々と、命をくれてやる訳にもいかない。こちらの指定した場所に一人で来るのならと条件を付け、ご婦人の到来を待った。


 胸糞の悪くなる仕事をくれたお礼に、彼女が忌み嫌った少年の立派になった姿を見せてやるのも一興だ。そして害虫のように見下していた者が、貴女のご子息を亡き者にしましたよと、笑ってやるのも悪く無いだろう。


 私の口封じを考えての事だろうと思ったが、意外にも条件通り、私の顔が利く場末の酒場へと、彼女は一人でやって来た。


 本来なら、このような場所など視界に入れる事すら嫌悪するだろう。そう見越してのこの場所を選んだのだが、少々肩透かしを食らった気分だ。


 いやいや、まだ油断は出来ない。相手は息子の暗殺を依頼してくるような人物なのだから。

 だがどう言う訳か、ご婦人はいたって自然で、辺りを気にするような素振りも見せない。それどころか、私を、光の失せた様な哀れを誘う眼差しで見つめ、深々と一礼まで見せたではないか。


「お久しぶりですね。彼方、さぞ私を恨んでいるでしょう」


 私は狐につままれた様な気持ちになった、以前の彼女からは到底想像できない言葉からの始まりだった。


「彼方に頼んで本当に良かったわ、あれも彼方にならと……本当にありがとう」


 約束よりもさらに多目の額が記されたカードクレジットと、一通の封書を手渡す彼女の頬を、幾筋もの涙が伝っているのが伺えた。


 私は一言も発する事が出来ないまま、彼女の用向きは済まされてしまった。人ごみに紛れる小さな背中は、かつて恐れた凛とした威風は無く、ただ年老いた人のそれでしかなかった。





『君がこれを読んでいるということは、私はもうこの世には居ないのだろう。いや、これは当然の報いなのだ。気にしないで欲しい。寧ろ感謝すらしているくらいだ』


 クレジットと共に手渡された手紙には、懐かしい彼の筆跡でこう綴られていた。


『一般には知られていないが、我が企業マイヤーコーポレーションは、民間薬剤シェアの飽和状態に悩み、軍事産業への参入を決断したんだ。最初は医療のみの関わりに、十分な成果を挙げてきたんだが、ライバル社の新たな参入により、更なる需要に答える必要に迫られてしまってね。それは所謂肉体改造薬の開発さ。バカみたいな話だが、我が国のお偉いさん方は、超人的な肉体を持つ兵士達の軍隊を作ろうと、真面目に考えているらしい。人を癒す薬を作る者が、人を傷付ける手助けをする。こんな理不尽も、私一人ならば拒めただろうな』


 子供の頃は人一倍争いを好まなかった彼らしい。しかし彼の一存では企業の方針を、簡単に変えられる訳も無いだろう。


『開発チームのトップである私は、開発の遅れによる焦りから、臨床実験もせず、自らでその薬の効果を試してしまったんだ。結果に自信があったからね。だがその自信は脆くも崩れ去ったよ。薬の結果は予想以上だった。スーパーマンの様に運動能力や反射神経が向上されたんだ。そして集中力もさる事ながら、遠くまでモノが見えるし音も聞こえる。おまけに五感以上のモノも得てしまった。危機察知能力って奴だ。身に危険が迫ると、超感覚でそれを察知すると言う、優れた能力だ。だがこの薬は、まったく使い物にはならない事がわかったんだ。こいつには副作用があったんだよ。いや、正に副作用の産物こそが、真の力だったのかもしれない。夜になると、時折突然違う人格が現れて、超人的な力で残虐に人を殺すんだ。快楽のままにね。君も知っているだろ、今世間を騒がしてるアレさ』



 私は驚いて暫く呆然とした。



 セルを狙った時の一連の出来事、そして巷を騒がす殺人鬼。全ての答えが、この手紙の中にあったのだ。

 だが、死を選ぶ事は無かったのではないか。その身を監禁しておいたり、治療を施すなりの手段はあったろうに。


『間の悪いことに、私が殺人鬼に変貌している時、州警察と軍によって身柄を拘束されたんだ。恐らく内部に告発者がいたようだ。どうやら最初から、私をマークしていたらしい。だが軍の奴らは、副作用である筈の殺人能力に目をつけて、あえて私を自由の身にしたんだ。今は軍の監視下の元で、もう一人の私が、自由に殺人を犯し続けているのさ』


 成る程、だから向こうで、監視の手薄な時間や狙撃ポイントまで指定してきたのか。わざわざ自らの命を落とす為に……酷い話だ。


『人体実験のデータの為に人を殺し続ける、もうこんな生活は耐えられないよ。君があの日から人を殺める仕事をしているのは知っている。どうせ死ぬのなら親友の君の手にかかって送られたい。友と呼ばれる事すら君には迷惑かもしれないけどね。でも恥ずかしい話、私には友と呼べる人間は一人も居ないんだ。あの日以来、私の時計は止まったままなのさ』


 何時の頃からか私の中の感情の泉は、枯れ果てていた筈だった。


 だが、恐らく最後の一滴であろうものが、私の頬を伝っている。


 胸の苦しみと不思議な怒りが生み出した純粋な一滴は、握り締め震える手紙にぽとりと落ち、彼のサインを滲ませた。


『最後に。あの日、君が人を殺めたのは自分の責任だと、自分が人の道をはずさせたのだと、母は毎日の様に悔いていたよ。君に送ってもらいたいと母に相談した時、君ならばと微笑んで許してくれたんだ。どうか哀れな母を許してやってくれ』





 今日もテレビのワイドショーは連続殺人鬼の話題をモニターから垂れ流している。


 的外れな憶測、被害者のプライバシー、そして次の犯行の予想。


 それはまるで、次の殺人を待ちわびるかの様だ。きっと巷を騒がした殺人鬼や私なんかより、マスコミ達の方が人の道を逸れているのかも知れない。


 次の話題への隙間を埋めるかの様に、至って手短にマイヤー・コーポレーションの社長死去という話題が流れている。脳梗塞による階段からの転落という発表だ。それは図らずも、連続猟奇殺人事件の収束を物語っている。実に皮肉なものだ。

 

 モニターに映る彼の写真は、私に昨日の出来事を思い起こさせた。


 懐かしい記憶と一欠けらの感情。どうやらまだもう少しだけ、人として生きて行けるかもしれない。



「アーメン友よ、少し遅れるが待っていてくれ」




最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジキルとハイドをほうふつとさせる設定。そして、主人公の淡々としつつも殺しに徹しきれない葛藤が上手く描かれている。 [気になる点] セル・マイヤーの母のせいで、主人公が人を殺してしまった過去…
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