菩薩的彼女
「ご飯だよ~、お食べ~」
庭先に作られた貧相なエサ台。そこに残り物のご飯をあげると、彼女は朗らかな笑顔で振り向いた。
「うちらもご飯にしよっか?」
そーだねー、などと気のない言い方をして縁側から地べたを見下ろす。蟻が、何か白っぽいものを運んでいくのが見える。蟻さん、ほんとにご苦労さん。
食いもん、どれだけ貯めりゃあ気が済むの?
オレの彼女。
“悟りを求めてる人は、みんな菩薩なのよ”なんていう女。そんな彼女に拾われて早一週間。ハハ、顔がいいってえのは罪だねえ。
「なあ、オマエ、蟻にも“ご飯”くれてんの?」
そうよ、なんて言う声が天女のように思えてくるから不思議だね。
だがしかし、菩薩はお掃除が不得意。
テーブルの上には“裂きイカのかす”が散らばっている。
それを蝿が舐めている。
そうか、さっき蟻が運んで行ったのは裂きイカだったのか。
彼女の黒猫がトコトコやって来たので、オレは一切れつまんで食べさせようとした。
フンフン匂いを嗅いですぐ、「フンッ」とそっぽを向いて出て行った。
猫またぎ。
「おい、裂きイカ食ったらテーブルぐらい拭けよ」
「あ~、もしかして食べちゃったあ?」
「食わねえよ。猫もクワネエよっ!」
菩薩な彼女はキュートな笑顔で小首を傾げる。
「タクヤったら靴下フェチだから気がつかなかったかもね、うふっ」
うふっ、て何だよ。
「あたしね、“角質肥大型”の水虫持ちなの。
それはあたしのかかとの皮よ。
いわば、あたしの分身?ってカンジ?あはっ?」
「バーロー!!
足の皮なんか
テーブルに上げとくなーーー!!!」
蟻さん蟻さんご愁傷さま。
あなた方が一生懸命運んでいるもの。
それは人間の“皮膚”ですよ。
「蟻さ~ん、ご飯よ~、お食べ~~」
今日も彼女は施しをする。
小さくつましく生きるものたちのために。
自らの身を与える。
おしまい