二、沙希との関係 その1
最初に声をかけてきたのは
沙希のほうであった。
彼女はかって私の部下だったことがあり、
あるとき彼女は私に言ったことがあった。
「あなたは私の一目ぼれでした。
でもあなたを知ったときは
あの女性と付き合っていたことを知っていましたので、
あなたが彼女と別れるのを待っていたのです。」
私は沙希との付き合いを
なんて呼ぶべきか考えてしまうことがある。
彼女は私たちの付き合いを
「恋人どうし」と言いたがったが、
私にはしっくりと来なかった。
彼女はしばしば私に
「私を愛している?」
と聞いてきたが、
私は返事が出来なかった。
もちろん何の気持ちもないのに抱くことができるほど
私は器用ではなかったが
愛するとか好きだとかというのは
正直しっくりこなかったのである。
彼女の問いに対して
「愛人」「セックスフレンド」という言葉が浮かんできたが
それを口にはしなかった。沙希とはひと月に2回ぐらい会っていた。
食事をした後に
ラブホテルに行くというのがだいたいの流れであったが、
彼女はそういう場所を好まなかった。
それでしばしば彼女は自分でシティホテルを予約していた。
彼女とのそのことは、いつも流れが決まっていた。
会ってから別れる時間もほぼ同じであった。
そろそろ支度をしたらというのが
私が帰りたいという合図だった。
しかし彼女はそれを嫌がりできるだけ長びかせるのだった。
ホテルを出てからも私はすぐに帰りたかったが、
沙希はしばしば少し飲んでいきましょうというのだった。
私は帰宅が遅くなるのが嫌であっただけでなく、
抱いたばかりの女の顔を見るのが好きでなかったのである。
そこで彼女は帰らなくてもといいという理由で
私との旅行に行きたがった。
私が別に行きたい所はないよというと
彼女は奈良に行きましょうというのである。
奈良が好きな私が
断わらないということを知っていたのである。
彼女とそういう付き合いをしたのは
彼女が四十代に差し掛かったときから
四十代を終えようとする、
およそ10年近くの期間になったが、
それ以来毎年のように
奈良に二人で旅行するのが恒例になったのである。
お互いに家庭を持つ身としては
最初のうちは慎重に別の部屋をとっていたが、
すぐにツインの部屋を彼女が予約するというのが
暗黙の了解になっていった。
しかし同じ新幹線に乗るということは最後までせずに、
現地で待ち合わせて、
そこで別れるということは最後まで変わらなかった。




