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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 白銀と小学生とドナドナと

作者: 綿屋 伊織

 ■水瀬悠理の日記より

 学校で、僕がスキーをしたことがないと言ったら、みんなに驚かれた。

 「なんで長野県民なのにスキーが出来ないんだ」

 ということらしい。

 そんなこと言ったって、困る。

 僕の住んでいた滝川村は、あの地方では珍しいくらい雪の多い山間の村。

 それでもスキー場なんて1時間以上かかる遠い所。

 雪なんて、降れば降ったで雪かきが大変で、迷惑なモノという印象しかないし、僕に言わせれば、雪で遊ぶという発想の方が理解できないんだけど……。

 

 ■桜井美奈子の日記より

 今日、驚きの事実を知った。

 水瀬君、スキーをしたことがないという。

 東京生まれの私にとって、雪国長野県民なら、スキーなんて出来て当然という印象すらあるんだけど……。

 「水瀬君、本当に長野県民だったの?」

 「う、うん」

 「それで出来ないの?スキー」


 つくづく思う。


 ここで、「うん」と素直にいえれば、つまり、自分の非を素直に認めることが出来れば、水瀬君もこんなに苦労する人生を歩まなくてもいいはずなんだけど……。


 「で、出来るもん」


 こう言っちゃう、負けず嫌いな性格は、直した方がいいと思う。

 

 で、突っ込まれることになるんだ。

 「やったことないんでしょ?」

 「やれるもん」

 口をとんがらせて子供がスネてるような口調になる水瀬君。

 カワイイけど……。

 それだけで、「僕はウソついてます」ってことなのに。

 「ま、いるんだよな。根拠もなくて自信だけあるヤツ。一番面倒見切れないぜ」という羽山君。

 「そんなことないもん。できるもん」

 「そこまでいうからには、ボーゲンやストックさばきも見事なんだろうなぁ」

 「で、出来るもん……バーゲンにも行ったことあるし、僕だって在庫管理位、やったことあるもん!」

 「……」

 

 

 ■水瀬悠理の日記より

 スキー位、僕だって出来る。

 うん。きっとそうだ。

 ストックとか、エッジとか、なんのことか、全然わかんないけど……。

 学校の帰り『初心者でも出来る!スキーの滑り方』という本を買う。

 読んでみる。

 なんだ。

 要は雪の上を滑ればいいんじゃないか。

 僕だって出来るもん。

 よし。

 明日、スキーに行こう。



 ■桜井美奈子の日記より

 明日、未亜と羽山君、秋篠君達とスキーに行くのに、水瀬君を誘えば良かった。後悔ばかりの一日だった。

 


 ■信楽未亜のブログ日記より

 やっぱり美奈子ちゃんはヘタレだ。救いようがない。

 大好きな彼をあそこまでおちょくられたら、助け船としてスキーに誘えばいいのに、結局、大切なことを言い出せないままで終わり。

 ホントに美奈子ちゃんは悠理君と同類。

 ……あ、救いようのない変わり者って意味でね。

 保健体育のテストで、コン○ームの正しい使い方って聞かれて、「水筒の代用品」って答えて職員室に呼び出された悠理君と、質問がセクハラだとマジギレした美奈子ちゃんだもん。

 私は、アイドルのAちゃんより、美奈子ちゃんの方が絶対、お似合いだと思うんだけど……。

 ま、明日はスキー。

 楽しみ。


 ■水瀬悠理の日記より

 長野に戻って、知人に会ったら恥ずかしいから、わざと東京から一番近いスキー場を選ぶ。

 道具なんて何も持っていないから、全部レンタルで済ませることに。

 ●レンタルショップにて

 小学生の女の子と間違われた。

 スキーウェア一も、先に出て行った人が着ていた戦闘機のパイロットみたいな緑色のがよかったのに、お店のオバサンが、「あんたみたいにカワイイ女の子はこれだよ!」といってピンク色の上下しか貸してくれなかった。

 スキー板は……まぁ、身長の問題から黙るしかないけど……。

 何だか、誰かの視線を感じて気持ち悪い。


 ●回数券売り場

 練習だから、一日滑るつもりで一日券を購入。

 高校生以上5000円。高いのか安いのかわからない。

 高校生といったら、受付のお姉さんがヘンな顔をして、3500円だけ受け取って券をくれた。

 よく見ると、小学生用だった。

 安くはなったけど……割り切れない。

 リフトに移動中、誰かの悲鳴を聞く。

 転んだのかな?


 ■桜井美奈子の日記より

 未亜が入手した(出所を聞かないのがお約束だ)スキー宿泊券でいった先は東京駅から一時間ちょっとのスキー場。

 参加者は、羽山君と涼子さん。それに私と未亜、秋篠君だ。

 涼子さんは、「保護者」という名目だけど、本当は、あの一件以来、オンナ絡みで信頼を失った羽山君の監視だということはよくわかっている。

 今年は全国的な大雪。残雪が目立つ車窓から景色を眺めつつ、ふと、あの日のことを思い出す。

 雪が降ったあの日。

 今年の大雪で、スキー場は大もうけだろうと言った私に、

 「100人以上死んでいるし、雪国ではみんな大変な思いしてるんだよ?」

 という水瀬君。

 その言葉を思い出し、遊びに行くわが身が申し訳なく思えてきた。

 

 まぁ、なんだかんだで目的地。

 私達は、そこでなんだか信じられないものを見た気がした。

 「おい、あれ……」

 羽山君が指さした先、誰かに似た女の子がスキーを担いで歩いていた。

 どう見ても水瀬君だ。

 だけど……。

 「他人のそら似じゃないか?」

 という秋篠君の言葉に、声を掛けるのをためらう。

 確かに、高校生の男の子がピンク色の女の子用のスキーウェア来て歩いているなんて、あり得ないもの。

 

 ただ、すごく気になる。


 ■羽山光信の日記より

 あのバカ、なにやってやがる。

 本当にそう思ったが、まぁ、あそこまで言われれば引っ込みがつかなくなるのも事実だろう。

 そっとしておいて、学校であったら「スキーなんて出来る」と自慢げに語るあのアホをなま暖かい目で見てやるのも一興だろう。そう思う。

 でも、桜井は最近、ガールフレンドというより、影で努力する息子を気遣う母親の方が、表現として正しくなった気がするのは、俺だけではないはずだ。

 ま、レンタルショップで道具を調え……涼子さん。そのウェア、似合ってます!!

 リフト券売り場であのバカがまだマゴマゴしていた。

 売り場の女の子に、俺としてはフツーに、あいつが何を買ったのか聞いたら、曰く「小学生の女の子が大人券買おうとしていたから、子供券を渡してあげた」とのこと。

 バイト仲間の感覚が出たのがまずかった。

 いつものクセで、メアド聞き出そうとして、涼子さんに殴られる。

 

 ■水瀬悠理の日記より

 ●初心者コース

 要するに、こうやってスキー板をつければいいんだ。

 後はこうやって滑れば……。

 転ぶこと10回。

 なんとか10メートル滑れた。

 大きな進歩だ。

 そしたら、「こっちに参加していいよ」と、小さい子達と一緒に教えてもらえることに。

 何でも、僕が転んでばかりで、それでも一人で頑張っていたから、参観の父兄から、「あまりに可哀想だ」とクレームがついたらしい。

 ……なんだか複雑。

         

 ●リフト

 生まれて初めて乗った。

 ……で、リフトから降りようとして、タイミングを逸した。

 ……。

 …。

 みんなが登りのリフトに乗るのを尻目に、僕は下りのリフトに一人揺られ……。

 恥ずかしかった。

 降り方がわからない。

 「ほら。こうして降りろ」と、わざわざリフトを止めてまで降ろしてくれたリフト乗り場のオジサンに笑われた。

 少し、別の所で練習。

 恥ずかしいから別のリフトで上へ。

 「大丈夫か?」とリフト乗り場の人に念を押されるけど、「大丈夫です」と言い切る。

 今度こそ上手く降りるんだから。

 そう思って、思い直して列に並んだ。

 頑張るぞ!


 ■桜井美奈子の日記より

 そんなこんなでリフトに並んでいたら、下りフリトで一人降りてきた人がいた。

 水瀬君だ。

 どうも、リフトの降り方がわからなかったらしい。

 クラスメートとして、見ているこっちが恥ずかしい思いがした。

 

 ■水瀬悠理の日記より

 こういうの、ありなんだろうか。

 時々、運命の神様が嫌いになる。

 きっと、運命の神様は、ホンモノの神様じゃなくて、悪魔がアルバイトでやってるんだろう。

 そうに違いない。

 リフトから降りても、上手く滑れないから、スキー板ばかりに意識がいくせいもあって、僕は人にぶつかった。

 ぶつかった先にいたのは―――。


 涼子さんだった。


 そして、まわりには桜井さん達、いつもの面々が―――


 

 なんでいつもこうなんだろう―――。



 ■白川涼子の日記より

 まったく!いくら若いからって、私がありながら、目の前で他のオンナの子のメアド聞きだそうなんて!

 今晩、覚悟なさい!?

 オトナのオンナの魅力で、もう他の子なんて興味なくてあげるんだから!

 ……

 ダメ。なんだか、興奮してきた。

 ああ、早く夜にならないかな……。

 光信君、スゴイんだもん(きゃっ)

 その光信君は、スノボ初挑戦ということで初級者コース、ちなみに秋篠君と未亜ちゃんは中級者コースで練習中だ。

 水瀬君が心配な美奈子ちゃんを引きずって、私はここ。リフトからずっと、水瀬君が心配だというボヤきを聞かされ続ける。

 本当に、好きなんだね。この子。

 リフトを降りて、そんなことを美奈子ちゃんと話していたら、小さい子がぶつかってきた。

 よくみると水瀬君。

 話は聞いているから、ここでお互いが出会ったことはなしにしよう。

 「あら?大丈夫?」位で十分。

 向こうも必死にとぼけているし。カワイイ(はぁと)

 「ごめんなさい」

 「いいわよ。でも、君、スキー上手いの?」

 「あ、あんまり……」

 そうよね。私とぶつかるし、第一、ここって……。

 「ここ、降りること出来る?」

 私が指さした先はゲレンデ。

 ほとんど斜面が直角に見える上にコブだらけの上級者コース。

 スノボが趣味の私、それとスキーが趣味の美奈子ちゃん以外は辞退した位の難コースだ。

 多分、水瀬君はそれを知らなかったんだろう。

 「……」

 無言で水瀬君が向かった先は、リフト乗り場。

 その後ろ姿には、まるで市場に売られていく仔牛のような哀愁が漂っていた。

 だから―――

 それを送る私達は、みんなでドナドナを歌って送ってあげた。

 私達って優しいなぁ……。


 ■桜井美奈子の日記より

 ……ま、このコースが超初心者の水瀬君には無理だということは否定しない。

 でも、

 「あ、嬢ちゃん。間違えちまったな。よくあることだから、他で頑張れや」

 と係のオジサンに慰められて、

 「うんっ!」

 と、子供然としたカワイイ笑顔で答えたのはどうなんだろう。

 

 多分、それは、水瀬悠理という男子高校生が、全てのプライドを売り払った瞬間だったんじゃないだろうか……。




 ■瀬戸綾乃の日記より

 悠理君が入院していると聞いて慌てて病院へ。

 スキー場で、人目につかないところで練習しようと滑走禁止コースで滑っていて雪崩に巻き込まれたという。

 「小学校女子児童(?)が一人重体」と、新聞にまで載ったこの事故。

 よく生きていてくれたと嬉しい反面、「もう二度とスキーはやらない」という悠理君の涙ながらの言葉に、ちょっとがっかり。

 せっかくもらったスキー宿泊券、無駄になっちゃった。

 「背伸びしないで温泉にすればよかった」とぼやく悠理君。

 「いいですねぇ」

 「……一緒に行く?」

 「はいっ!」

 ああ。めくるめく婚前旅行!

 嬉し恥ずかしの夜!

 既成事実作って関係は決定的に!(きゃっ)

 もう桜井さんには悠理君は諦めてもらいましょう。



 

 ……と思って、水瀬君を引きずって勇んでいった温泉。

 行った先で校長先生達と鉢合わせしたのは、全く別の話なわけで……。

 

 

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