健康診断で「魔力値・要精密検査」と書かれていたんですが
健康診断で、知らない項目に引っかかった。
『魔力値 1847 要精密検査』
「……何これ」
三十二歳。
会社員十年目。
事務職。
魔法を使った経験、なし。
そもそも、健康診断に魔力値なんて項目があることすら知らなかった。
隣の席の後輩に聞いてみる。
「ねえ。魔力値って何?」
「健康診断の?」
「うん」
「普通は十とか二十くらいですよ」
私は紙を見る。
一八四七。
「千八百四十七あるんだけど」
「えっ」
後輩が椅子ごと寄ってきた。
紙を見る。
私を見る。
もう一度、紙を見る。
「先輩、魔法使いだったんですか?」
「今日まで知らなかった」
「そんなことあります?」
「私が聞きたい」
火を出したことはない。
物を浮かせたこともない。
空を飛んだこともない。
念力も透視も未来予知もした覚えがない。
私の人生で、人に自慢できそうな特殊能力といえば、目覚ましを止めてから二分以内に二度寝できることくらいだった。
「検査ミスじゃないですか?」
「たぶんね」
私もそう思った。
だから、指定された病院で精密検査を受ければ、
『測定ミスでした』
で終わる話だと思っていた。
終わらなかった。
◇
「十三ですね」
医師が言った。
私は診察室の椅子に座ったまま、聞き返した。
「はい?」
「あなたの魔力値です。十三」
目の前の測定器にも、
『13』
と表示されている。
「……千八百四十七は?」
「ありません」
「ない」
「はい」
念のため、もう一度。
十三。
三回目。
十二。
四回目。
十三。
医師が頷いた。
「正常ですね」
「ですよね」
なんだ。
やっぱり検査ミスだった。
私は胸を撫で下ろした。
普通。
実に私らしい。
「じゃあ会社に提出する結果を――」
「ちょっと待ってください」
医師が止めた。
「何でしょう」
「最初の一八四七が説明できません」
「測定ミスでは?」
「健診センターに確認しました。機械は正常でした」
「じゃあ、私の前の人の数値とか」
「個人認証式なので混ざりません」
「入力ミス」
「自動入力です」
逃げ道が次々消えていく。
医師は健診結果と、いま測った十三を見比べた。
「千八百三十四、どこへ行ったんでしょうね」
「私に聞かないでください」
知らない魔力の失踪事件を背負わされても困る。
「ちなみに」
私は目の前の機械を指した。
「健康診断で使ったのと、これ、違う機械ですよね?」
「違います。健診用は簡易型です」
「簡易型?」
「一日に何百人も測りますから。本人を中心に一定範囲内の魔力をまとめて測定します」
「結構雑ですね」
「健康診断ですから。異常値が出た人を精密検査へ回せればいいので」
なるほど。
「こっちは?」
「体に接触させて、本人の体内魔力だけを測ります」
医師が測定器を軽く叩いた。
「ですから、あなた自身が十三なのは間違いありません」
「じゃあ」
私は少し考えた。
「健康診断のとき、私の近くに魔力千八百くらいの何かがいた?」
「可能性はあります」
「そんな人、覚えてないですけど」
「人とは限りません」
「……はい?」
医師が私の右肩の少し上を見た。
次に左肩。
最後に頭の上。
嫌な見方だった。
「先生」
「はい」
「何かいます?」
医師は答えなかった。
「先生?」
「専門の者を呼びます」
「何かいるんですね?」
「少々お待ちください」
「その言い方が一番怖いんですけど」
◇
十分後。
白衣の女性が入ってきた。
名札には、
『魔法生物科』
と書いてある。
そんな科まであるのか。
女性医師は私を見るなり、立ち止まった。
「ああ」
何だ、その「ああ」は。
全部分かった人の「ああ」だった。
「見えます?」
最初の医師が聞く。
「見えますね」
私は嫌な予感しかしなかった。
「何がです?」
女性医師は私の周囲を見た。
「三匹います」
「何が!?」
「魔法生物です」
一匹だと思っていたら三匹になった。
「大丈夫ですよ。危険種ではありません」
「三匹もいる時点で、私の中では大丈夫じゃないです」
女性医師が棚から妙にごつい銀色の眼鏡を取り出した。
「これを掛けてください」
「何ですか」
「簡易魔力視認器です」
嫌だ。
猛烈に嫌だ。
でも、ここまで来て見ないほうがもっと嫌だった。
私は眼鏡を掛けた。
視界が少し青みがかる。
そして。
「…………」
いた。
私の膝の上に、小さな白い塊。
猫くらいの大きさで、耳だけやたら長い。
右肩には手のひらサイズの赤いトカゲ。
そして頭の上には、黄色い綿毛みたいなもの。
三匹とも。
当然のような顔をしていた。
「誰?」
白いのが首を傾げた。
赤いのも首を傾げた。
黄色いのは私の頭の上で転がった。
「いや、こっちが聞いてるんだけど」
女性医師が笑いをこらえている。
「かなり懐いていますね」
「初対面です」
三匹が一斉に私を見た。
何となく傷ついた顔をされた。
「そんな顔されても知らないものは知らない」
白いのが私の膝を前足で叩くような仕草をした。
感触はない。
「何」
もう一回。
「だから何」
「かなり長く一緒にいるみたいですよ」
女性医師が言った。
「どれくらいですか」
「調べてみますね」
小さな測定器を三匹に向ける。
数秒。
女性医師が表示を見る。
「ああ。一番古い子で三十年くらいですね」
「待って」
「はい」
「私、三十二なんですけど」
「幼児期からですね」
私は膝の上の白い生き物を見る。
白い生き物は、くあ、とあくびをした。
「お前、ほぼ家族じゃん」
知らなかったけど。
◇
調べてもらうと、三匹にはそれぞれ性質があった。
白いのは、物を少しだけ動かす。
赤いのは、温度を少しだけ変える。
黄色いのは、小さな音を出す。
「……それだけ?」
「それだけですね」
「三匹合わせて魔力千八百以上あるのに?」
「能力の派手さと魔力量は別ですから」
「宝の持ち腐れ感がすごい」
白いのが傷ついた顔をした。
「ごめん。言い方が悪かった」
なぜ私は、今日知った謎生物にもう気を遣っているのだろう。
でも。
物を動かす。
温度を変える。
音を出す。
「……あ」
一つ、思い出した。
「先生。この白いやつ、なくした物を勝手に動かしたりします?」
「しますね」
私は白いのを見る。
「大学のとき」
白いのが固まった。
「家の鍵をなくして、一時間探したことがある」
白いのが目を逸らした。
「翌朝、机の真ん中に置いてあった」
完全に目を逸らした。
「お前か!」
白いのが私の膝から逃げた。
「待て!」
思わず手を伸ばす。
すかっ。
私の手は白いのを通り抜けた。
「触れないの!?」
「通常の人間からは触れませんよ」
女性医師が言った。
「じゃあ逃げ放題じゃん!」
白いのは診察台の下へ逃げ込んだ。
「お前、絶対分かってて逃げただろ!」
返事はない。
だが出てこないあたり、犯人で間違いなさそうだった。
「私、あの日、管理会社に電話して鍵交換までしたんだからね!?」
診察台の下から白い耳だけが見えている。
赤いのを見る。
嫌な記憶がもう一つ出てきた。
「真夏に、冷蔵庫に入れ忘れた麦茶が朝になったら妙に冷えてたことがある」
赤いのが天井を見た。
「お前?」
天井を見続けている。
黄色。
「目覚まし掛け忘れた日に限って、耳元でカチッて音がして起きたことが何回かある」
黄色が私の頭から降りようとした。
「逃げるな」
三匹とも犯人だった。
さらに思い返す。
テレビのリモコンが、探したはずのテーブルの上から翌朝出てきた。
白。
冬場、布団の足元だけ妙に暖かかった。
赤。
寝落ちしそうになると、どこからともなく小さな物音がした。
黄。
三十二年間。
私はそういう出来事を全部、
『まあ、そういうこともあるか』
で処理してきたらしい。
「もっと疑問持ちなさいよ、私!」
医師二人がとうとう笑った。
◇
「それで」
私は三匹を視界に収めた。
「何で私のところにいるの?」
三匹は喋れない。
そこで女性医師が、簡単な意思疎通用の魔道具を持ってきてくれた。
三匹の意思が、画面に短い言葉として表示されるらしい。
「じゃあ、もう一度聞くね」
三匹を見る。
「何で私のところにいるの?」
白いのが魔道具に触れた。
文字が出る。
『すみやすい』
「…………」
私はもう一度聞いた。
「それだけ?」
『すみやすい』
「私に秘められた特別な力とか」
『ない』
「選ばれた血筋」
『ない』
「前世からの契約」
『ない』
「もうちょっと夢を持たせてくれてもよくない?」
白いのが前足で画面に触れた。
『おちつく』
赤いのも触れる。
『あたたかい』
黄色いのも。
『しずか』
「物件情報みたいに私を評価するな」
医師二人がまた笑った。
三匹は、どうやら単純に私の近くが居心地よかったらしい。
白いのは、私が二歳のころ公園でついてきた。
赤いのは小学生のころ。
黄色いのは高校生のころ。
私は知らないうちに、順調に入居者を増やしていた。
「じゃあ、健康診断の日も?」
「三匹とも一緒だったんでしょうね」
女性医師が簡易測定器を三匹に向けた。
白。
七百二十一。
赤。
六百十三。
黄。
五百。
そして私。
十三。
合計。
一八四七。
「ぴったりですね」
医師が言った。
私は数字を見た。
三匹を見る。
もう一度数字を見る。
「つまり」
指を自分に向ける。
「私、十三?」
「十三です」
「平均?」
「平均です」
「何の特殊能力もなし?」
「少なくとも魔力的には」
私は天井を仰いだ。
「やっぱり私、普通じゃん!」
三匹が嬉しそうに私へ寄ってきた。
「お前らが盛っただけじゃん!」
白いのが膝へ。
赤いのが肩へ。
黄色いのが頭へ。
感触はない。
でも、完全に定位置だった。
診察が終わると、女性医師が銀色の眼鏡をケースに入れた。
「これ、一週間貸し出しますね」
「いいんですか?」
「三匹とも危険性はありません。ただ、一人の人間にこれだけ長期間定着している例は珍しいので、しばらく行動を記録してください。来週、また診せてください」
私はケースを受け取った。
「行動って、三十二年分ですか?」
「今週分だけで結構です」
「ですよね」
◇
その日の夕方。
私は三匹を連れて家へ帰った。
正確には。
三匹が勝手についてきた。
玄関で借りた眼鏡を掛ける。
すると白いのは、私より先に部屋へ入った。
ソファへ直行。
赤いのは炊飯器の横へ。
黄色いのはテレビ台の上へ。
迷いがない。
「…………」
私は鞄を置いた。
改めて見る。
白いのはソファの右端で丸くなっている。
赤いのは炊飯器の余熱で暖まっている。
黄色いのはテレビ台の上で転がっている。
完全に自分の家だった。
今まで見えなかっただけで。
ずっと、こうだったらしい。
「ちょっと待ちなさい」
三匹がこちらを見る。
私は白いのを指差した。
「三十年」
次に赤。
「二十年以上」
最後に黄。
「十年以上」
三匹が並んで私を見る。
「無断で住んでたんだよね?」
三匹が目を逸らした。
「家賃」
三匹が固まった。
「一円も払ってないよね?」
白いのが立ち上がった。
テーブルの上にあったテレビのリモコンが、ふわっと浮いた。
私の手元へ来る。
「…………」
赤いのが動いた。
さっき置いたマグカップから、ほんのり湯気が立つ。
「…………」
黄色いのが鳴いた。
ピロン。
スマホを見る。
明日の目覚ましがセットされていた。
「…………」
三匹が私を見る。
私はリモコンを見る。
温かい飲み物を見る。
設定された目覚ましを見る。
そして三匹を見る。
「現物支給で済ませる気か!」
三匹との同居生活は、今日からようやく有料になった。




