黒狐のヤクモ
第七章
人ではない
アーカディアが、浮上していた。
崩壊しかけた三千万都市が。
再び空へ持ち上がっていく。
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誰も喋れなかった。
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レヴィアが動かした海。
グラウスの超高熱爆炎。
ミカエルの神聖結界。
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どれも、
国家を救う奇跡。
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人類到達点。
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だが。
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ゼロは。
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その全部を、
片手で上書きした。
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都市高度、
回復。
落下停止。
浮遊安定。
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しかも。
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術式が見えない。
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詠唱もない。
魔力反応もない。
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ただ。
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世界そのものが、
彼へ従っている。
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アステリアは、
自分の未来視が壊れていく感覚を覚えていた。
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見えない。
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いや。
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“見てはいけない”
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そんな感覚。
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彼女は未来を読む。
可能性を見る。
因果を見る。
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だが。
ゼロだけは違う。
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因果そのものが、
彼の周囲で崩れている。
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アステリアが、
かすれた声で言った。
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「存在階層が違う……」
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グラウスが睨む。
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「何だと」
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「私達は、
世界法則の内側にいる」
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アステリアの目は、
ゼロから離れない。
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「でも彼は違う」
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「世界が、
彼へ合わせている」
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その言葉に。
議場全員が沈黙した。
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ミカエルだけが、
静かにゼロを見ていた。
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神聖国には、
古い禁書がある。
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《世界基底論》。
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世界そのものへ、
優先される存在がいる。
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それは神ではない。
王でもない。
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“調停者”
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世界が崩壊する時、
現れる存在。
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だが。
それは神話だった。
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少なくとも、
今日までは。
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その時。
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都市外周部で、
巨大爆発が起きた。
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崩壊区画。
落下しかけた塔群が、
連鎖圧壊を起こしている。
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避難が間に合わない。
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レンカが息を呑む。
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数十万人規模。
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もう助からない。
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だが。
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ゼロが、
そちらを見た。
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ただ。
見る。
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次の瞬間。
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崩壊区画が、
止まった。
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落下瓦礫。
崩れる塔。
爆炎。
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全部。
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空中で静止。
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時間が止まったように。
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レンカの呼吸が止まる。
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「……え」
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そして。
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崩壊していた塔群が、
ゆっくり元へ戻り始めた。
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逆再生。
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瓦礫が戻る。
崩れた壁が戻る。
割れた窓が戻る。
死にかけていた炎が消える。
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数十万規模災害が、
巻き戻されていた。
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グラウスですら、
目を見開く。
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「ふざけるな……」
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そんなこと、
あり得ない。
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時間操作は、
神代魔法ですら不可能。
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世界禁忌。
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それを。
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ゼロは、
呼吸するようにやった。
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レヴィアが低く呟く。
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「……あれは、
直しているんじゃない」
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誰も答えない。
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深海王だけが、
理解しかけていた。
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ゼロは、
“世界側”だ。
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だから。
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壊れたものを、
元へ戻せる。
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人間が修復しているのではない。
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世界そのものが、
修正されている。
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レンカは、
震えながらヤクモを見た。
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ヤクモだけ。
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驚いていない。
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酒を飲んでいる。
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普通に。
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まるで。
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“見慣れた光景”
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みたいに。
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「筆頭……」
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ヤクモは、
少し困った顔をした。
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「ん?」
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「あなた……
何を知ってるんですか」
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ヤクモは少し黙った。
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窓の向こう。
ゼロを見る。
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その目だけ、
ほんの少しだけ。
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疲れていた。
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だが。
すぐにいつもの軽い笑みに戻る。
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「世の中にはねぇ」
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酒瓶を揺らす。
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「知らない方が幸せなことも、
あるんだよ」
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レンカは初めて、
恐怖した。
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ゼロではない。
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ヤクモへ。




