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双貌のローザリア  作者: あかまる
第1章 微光

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第6話 疑念の輪郭

 決着は勝利でも敗北でもなかった。


 王を失った軍は、重い息を抱えたまま、それぞれ帰路についた。獅帝戦団は南のハーデンベルグへ戻り、隊士たちは待機命令を受ける。


 帰還の翌日、全軍が演武庭へ集められた。


 黒礼装の列が整う中、観閲台に立ったのは総将グロワールだった。


 羊皮紙を開く音が、妙に大きく響く。読む声は低く、乾いていた。余韻を残さない声だ。まるで、感情を戦場に置いて来たかのように。


「陛下は――ローンズベリー戦役にて、ベルノア弓隊士の矢を受けて戦死された」


 言葉が落ちた瞬間、列の中にざわめきが走る。ネイも周囲の隊士と同じように目を見開いた。戦場の霧が、いまさら喉の奥へ戻ってくる。


「ベルノアの弓……」

「でもよ、陛下は最奥の位置だろ。あそこまで矢が通るか?」

「……暗殺か?」


 声は小さい。だが耳に刺さる。さらに、筋の悪い噂まで混じった。


「あのアルザス様も――ある日突然消えただろ。暗殺だったって話もあるぜ」


 次の瞬間、怒号が飛んだ。


「口を慎め!」


 雷鳴のような衝撃が走る。


 ネイは、滅多に声を荒げない男の怒気に息を止めた。隊士たちは一斉に口を紡ぎ、背筋を伸ばす。どこからか喉を鳴らす音がひとつ、鈍く落ちた。


 グロワールは短く息を整え、声を落とす。


「噂は軍を弱くする。国も軍も、まず綻ぶのは根も葉もない噂話からだ――注意せよ」


 その言葉は叱責ではなく、戒めだった。弱さの芽を、芽のうちに摘む手つき。


 従者が小箱を運び、観閲台の端で蓋を開けた。中にあったのは弓だった。木は濃く、握り革は荒い。矢溝の摩耗は古い。グロワールは静かに弓を手に取り、隊列に向かって高く掲げる。


 刻印が見えたのだろう。隊士の間に、抑えきれないざわめきがまた走る。


「現場付近には、このベルノア製の弓が残されていた。故に戦死と見做された」


 一拍置き、グロワールは続けた。


「そして、マリー王女殿下が既に即位されておる。政務、軍務ともに指揮系統は維持されている。後日、正式に即位式が執り行われる予定だ」


 羊皮紙が静かに閉じられると、列の背筋が、いっそう揃う。


 国は止まらない。だから次の名が必要になる――理屈は分かる。だが新たな王は、まだ十五歳の少女だ。否が応にも、隊士たちの表情に影が差す。


「だが、国を治めるには殿下はまだお若い。そこでグラーフ公が摂政となられ、殿下を補佐することになった」


 列に、ほんのわずか安堵が混じる。女王を支える柱が示された――その事実が、恐れを薄めた。


「そして、王の崩御を受けてアンブラージュとベルノアは停戦協定を結んだ」


 停戦――その知らせに、列がまた揺れる。勝ちの手応えがあった者ほど、飲み込みが遅れる。怒りと虚しさが、口の中で乾く。


「よって暫くは治安維持が主な任務となる。以降は各隊長の指示に従え。以上」


 解散の合図が落ち、列がほどける。どこかで落胆の声が響いた。


 だがネイには、“暗殺”の二文字が棘のように心に深く刺さっていた。


 獅子王の護衛には、獅帝戦団の精鋭だけで編成された特務隊が付いていた。現場は隊列の最奥。戦団総帥のグラーフ公も、ソレイユもいた。


 そして――あのソレイユが護衛の“穴”を作るとは、どうしても思えなかった。


 疑念が消えない。


 胸の奥で「違う」という感覚が、ゆっくり輪郭を持ちはじめていた。


 *


 その日の夕方。


 孤児院の庭では子らが走り回り、木剣の乾いた音が軽く響いた。朝露を弾く剣先。遅れて届く笑い声。いつもと同じ空気だ。


 ロッシュはメグと笑い合い、ローザは子らの転び方に目を配り、手を出すべき距離だけを測っている。


 それでもネイだけが、沈んで見えた。考え込み、その沈みが浮かない。


 ローザが近づき、声を落とす。


「ネイ、どうかした?」


 ネイは首を横に振った。


「いや、何でもない」


 目を合わせない。ローザは嘘を嗅ぎ取るが、問うことはなかった。


 ネイは話を逸らすように言う。


「そう言えば……戦災孤児の赤子を、最近見ないな」


 ローザは庭を見た。


「そうね。聖都の方でも孤児院ができたのかな」


 それだけ言って、ローザは去った。


 ネイは残り、子供たちの笑い声の中で再び疑念に触れる。


 獅子王の急死。

 残されていたベルノア製の弓。

 護衛についていたソレイユ率いる特務隊。

 ある日突然消えたと言われる英雄アルザス。

 そして――珍しく怒号を飛ばしたグロワール。


 点はある。だが、線にならない。


 それでも点の輪郭だけは、胸の中で徐々に大きくなる。


 *


 喪に服して数週間後。


 第八小隊はグロワールから召集を受け、総将室へ入った。


 席に座っていたグロワールが、簡潔に告げる。


「明朝、即位式のためにマリー王女殿下をアンブラージュへ護送する。護衛の任務を命ずる」


 視線がネイへ落ちる。


「はっ」


 先頭に立つネイは背筋を伸ばし、鋭く敬礼する。ローザの瞳がわずかに細くなり、ロッシュは拳を胸に当て、メグは緊張と誇りを飲み込んだ。


「殿下直々のご指名だ」


 扉が叩かれ、侍女の陰から小柄な影が現れる。


「――ネイ、ローザ」


 名を呼ばれ、扉の方向に振り返る。


 そこにはあの頃から少しだけ成長したマリー王女が立っていた。

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