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双貌のローザリア  作者: あかまる
第3章 追憶

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第39話 脈動する扉

第39話 脈動する扉

「この国には、王がいなかった」


 ギュスターヴは、そう言って静かに目を伏せた。


 レオン王子は、あのアンブラージュ王国によるデラヴイユ侵攻の折に、死んだと記録されている。


 ならば、この国は何を拠り所に、誰の名のもとに、二十五年ものあいだ空に在り続けたのか。


「それで……俺を探していたのですか」


 ネイは、ギュスターヴの顔を見つめた。


 ギュスターヴは、なぜかほんのわずかだけ表情を歪ませた。痛みに似た何かが、笑みの裏側をかすめたように見えた。


「……俺のことは、いつ気づいたのですか」


 ネイは、問いの向きを変えるように言った。


 ギュスターヴは視線を細めた。答えを選ぶというより、事実を静かに取り出すような間のあとで口を開く。


「下界観測の折に」


「下界観測……?」


 ネイは眉間に皺を寄せる。


 ギュスターヴが指し示した先に、巨大な光板があった。


 光の板――いや、窓だ。


 そこにはローザリア各地の情景が映っていた。風の音、群衆のざわめき、会話の断片までもが薄く重なり、整えられた“記録”として流れ込んでくる。石の街の喧噪が、ここではまるで頁のひとつであるかのように扱われていた。


 生きた声が、道具のように保存される感覚が肌を刺した。


「現在のローザリアが、どのような状況に置かれているかを調べております」


 ギュスターヴは光板を見つめたまま、声を落とした。


「巡礼僧に扮した一部の者――彼らの“目”と“耳”を通じてです。小さな装置を介して、見たもの、聞いたものを記録しております」


「そんなことが……可能なのですか」


 ネイの声は、ほとんど息だった。ギュスターヴは頷く。頷きの角度は、罪悪感ではなく責務のそれだった。


「そして、マリー女王の即位式を観測していたとき。ある名が呼ばれた」


 彼は視線をネイへ戻す。柔らかな笑みのまま、言葉だけを刃のように研ぎ澄ませる。


「ネイ・カイザーハイン」


 ネイは思わず息を止めた。


 自分の名が、ここで“記録”として呼ばれる異様さが喉へ爪を立てる。背中を通る冷えが、遅れて熱へ変わりかけた。


「レオン陛下の血を継ぐ正統後継者。カイザーハインの名を継ぐもの……すなわち殿下を探していたのは事実です。私は喜んだ」


 ギュスターヴは整然と言う。


「ですが同時に、異端嫌疑をかけられたことに焦りました。……ゆえに私は、リディアを下界へ送ることを決めたのです。殿下をお救いするために」


 隣でリディアが一歩下がり、静かに礼をした。


「これも偶然でしたが、リディアはロサマリアで殿下と会うことができた。そこから先は……殿下もご存知でしょう」


 ギュスターヴが微笑むと、リディアも小さく頭を下げた。


「……そういう経緯だったのですか……」


 ネイはゆっくりと頷く。胸の奥で、監視されていた感覚が“観測”という名へ置き換えられ、輪郭を持ちはじめる。


「レオン王子は、死んだのですか」


 ネイがそう聞いたとき、ギュスターヴは目線を落とし、表情を濁らせた。


 ほんの一瞬の濁り。だが、そこに“触れてはならない”線が見えた。


 その濁りはすぐに消え、代わりに笑みだけが残る。


 笑みだけが残るのが、いちばん危うい。


 ネイがさらに口を開こうとした、その前に――ギュスターヴが静かに手を上げた。


「私が語るのは、ここまでとしましょう」


「え……」


 ギュスターヴは一歩、近づいた。


 さっきまでの穏やかさが、薄い氷のように張りつめる。瞳の“確信”が、いまは問いの形でこちらを測っていた。


「最後に、殿下のご意思を聞かせていただきたい」


 声が低くなる。


 広間の空気が、一瞬で冷えた。遠くの光字の流れさえ、止まったように見えた。


「陛下にお会いになる覚悟は、ありますか」


 胸の奥で何かが弾け、遅れて驚愕が喉を打った。


 ネイの思考が、音を立てて止まる。


「……生きて、おられるのですか?」


 唾を飲む。喉が痛い。


 レオンは死んだ――そう思い込んでいた。


 ギュスターヴは答えない。ただ、ゆっくりと身を翻した。


 視線の先には、重厚な扉があった。


 光の街に似合わぬほど古く、分厚く、そして固く閉ざされている。


 扉の縁には、外からは見えぬ紋が淡く走り、まるで脈のように明滅していた。


「この先に進むのであれば……殿下は、名に囚われることになる」


 ギュスターヴの声色が変わる。


 忠告にも、警告にも聞こえた。どちらであれ、扉の向こうにあるものは、戻れぬ種類の答えだった。


 ネイは一度だけ拳を開き、また握った。自分の意思を確かめるように。


「覚悟はできております」


 ギュスターヴは目を伏せ、静かに頷いた。


 重い扉の向こうで、初めて目にするであろう“父”の姿。


 期待と、一抹の不安。


 その相反するものが、ネイの胸の内で静かに渦を巻いていた。


 扉の縁を走る紋が、脈のように明滅する。


 ――その鼓動は、ネイの胸の鼓動と、寸分違わぬ間合いで重なっていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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