第6章 それでも
夜の町は、息をひそめていた。
ミレイが外へ出ると、足音だけが、やけに大きく響く。
石畳の感触が、いつもより硬い。
雪は降っている。
けれど、時間が止まっているせいか、風はなく、雪片は空中に留まるように落ちてくる。
キラキラ。
キラキラ。
音だけが、確かに進んでいる。
ミレイは、胸に雪時計を抱きしめた。
冷たさは、もう感じない。
怖い。
それは、変わらなかった。
もし、この選択が間違っていたら。
もし、進んだ先で、もっと失うことになったら。
それでも――
足は、止まらなかった。
時計台が、見えてくる。
町の中央に立つ、古く高い塔。
その針は、真夜中を指したまま、微動だにしない。
時計台の下には、雪の少年が立っていた。
夜の闇に溶け込みそうなほど、淡い姿で。
「来たね」
その声は、静かだった。
「……うん」
ミレイは、短く答えた。
「まだ、怖い?」
少年の問いに、ミレイはうなずく。
「でも……止まったままは、もっと嫌」
少年は、少しだけ、嬉しそうに笑った。
「それでいい」
「勇気は、怖さと一緒にあるものだから」
雪時計が、ふっと光を強める。
時計台の下の雪が、円を描くように舞い始めた。
まるで、見えない歯車が、回り出したかのように。
「これから起きることは」
少年は言った。
「奇跡じゃない」
「……うん」
「きみが、時間と向き合うだけ」
ミレイは、雪時計を差し出した。
その手は、震えていなかった。
キラキラ、キラキラ。
雪の音が、いっそう強く鳴る。
それでも、ミレイは目を逸らさない。
選んだのだ。
進むことを。
たとえ、どんな結果が待っていようとも。
雪時計を受け取った瞬間、空気が変わった。
時計台の下、円を描いて舞っていた雪が、ゆっくりと止まる。
音だけが、残った。
キラキラ。
キラキラ。
少年は、時計台の石段を指した。
「ここで」
ミレイは、作業台のない場所に戸惑いながらも、ひざをつく。
雪時計を地面に置くと、自然と、光が広がった。
まるで、見えない机が現れたかのようだった。
ミレイは、いつもの動作で裏蓋を開ける。
工具はない。
けれど、必要ないことが、なぜか分かった。
歯車に触れると、指先に映像が流れ込む。
母の笑顔。
冬の朝。
小さな手を引く温もり。
胸が、締めつけられる。
「……集中して」
少年の声が、遠くで聞こえた。
ミレイは、目を閉じる。
思い出は、抱きしめるものではない。
ほどくものだ。
歯車に絡まっていた光が、少しずつ解けていく。
涙が、頬を伝った。
それでも、手は止めない。
ひとつ、ひとつ。
絡まった時間を、戻す。
キラキラ……。
音が、やさしくなる。
最後の歯車が、正しい位置に収まったとき、
雪時計は、強く光った。
針が、初めて動く。
カチリ。
その音は、小さいのに、世界に響いた。
時計台の針が、わずかに揺れる。
止まっていた時間が、息を吹き返そうとしていた。
ミレイは、深く息を吐いた。
修理は、終わった。
けれど、本当の“結果”は、これからだ。




