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きらめきの冬時計  作者: レノスク


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第5章 取り戻せるもの

夜は、さらに深くなっていた。

 町の時計は、すべて止まったまま。

 それでも、時間が完全に消えたわけではないことを、ミレイは感じていた。

 雪時計が、微かに光っている。

 まるで、息をしているように。

 ――コン、コン。

 再び、扉が鳴った。

 開けると、そこにいたのは、雪の少年だった。

 昼よりも、少し透けて見える。

「考えは、決まった?」

 ミレイは答えず、二つの時計を指差した。

「これ……全部、戻せないの?」

 少年は、首を横に振った。

「時間は、重すぎる」

「全部戻したら、今が壊れる」

 ミレイは、唇を噛んだ。

「じゃあ、何が戻るの」

「ひとつだけ」

 少年は、穏やかに言う。

「形でも、記憶でも、気持ちでも」

 ミレイの胸が、強く鳴った。

「人は?」

 その問いに、少年はすぐ答えなかった。

 雪が、外で鳴る。

 キラキラ。

「……人そのものは、戻らない」

 ようやく、そう告げた。

「でも、さよならは、取り戻せる」

 ミレイは、目を伏せた。

 さよなら。

 言えなかった言葉。

 聞けなかった声。

「選ぶのは、きみ」

 少年は続ける。

「雪時計は、きみの時間にも触れている」

 ミレイは、止まった懐中時計を手に取った。

 冷たく、重い。

「もし、直したら……」

「町の時間は、また動く」

「でも、きみの時間は、変わる」

 変わる。

 それは、怖い言葉だった。

 止まっていることに、慣れてしまったから。

 ミレイは、深く息を吸った。

「……逃げたままは、いや」

 小さな声だったが、確かだった。

 少年は、静かに微笑んだ。

「じゃあ、雪がいちばん鳴くときに」

「雪時計のところへ来て」

「どこ?」

「町の中央」

「時計台の下」

 少年の姿が、雪に溶け始める。

「キラキラはね」

 最後に、彼は言った。

「失ったものを、思い出す音じゃない」

 それだけを残し、少年は消えた。

 ミレイは、ひとりになった店で、二つの時計を見つめる。

 選べるのは、ひとつ。

 取り戻せるのも、ひとつ。

 雪は、外で静かに鳴り続けていた。

 決断の時を、待つように。

ミレイは、椅子に腰掛けたまま、長い時間、動けずにいた。

 雪時計と、止まった懐中時計。

 二つは、作業台の上で、互いを見つめ合うように並んでいる。

 どちらも、時間だ。

 どちらも、失われたものだ。

 ――選ぶ。

 その言葉が、胸の奥で重く響く。

 もし、母にもう一度会えたら。

 声を聞けたら。

 名前を呼んでもらえたら。

 そんな願いが、胸に浮かんでは消える。

 けれど、同時に、怖さもあった。

 もし、もう一度会ってしまったら。

 また、失うことになる。

 二度目の別れは、一度目より、きっと痛い。

 ミレイは、懐中時計を手に取った。

 指先に、あの日の冷たさが蘇る。

「直せないものもある」

 自分に言い聞かせるように、呟く。

 それでも、雪時計は、静かに光っていた。

 まるで、「逃げないで」と言うように。

 外で、雪の音が変わる。

 キラキラ……キラキラ。

 いつもより、近い。

 ミレイは、立ち上がり、窓の外を見た。

 町は、静止したまま。

 人も、灯りも、すべてが凍ったように動かない。

 それなのに、雪だけが生きている。

 この町は、時間を待っている。

 誰かの、選択を。

 ミレイは、ゆっくりと深呼吸した。

「……私は」

 声が、少し震えた。

 選ばなければならない。

 止まったままでいるか、進むか。

 どちらも、痛みを伴う。

 ミレイは、雪時計を胸に抱いた。

 冷たいはずなのに、ほんのり温かい。

 そして、懐中時計を、そっと引き出しに戻す。

 その動作が、答えのすべてではない。

 けれど、一歩だった。

 外で、雪が強く鳴いた。

 キラキラ、キラキラ。

 まるで、「行こう」と促すように。

 ミレイは、コートを羽織り、扉に手をかける。

 時計台へ。

 雪がいちばん鳴く場所へ。

 ためらいは、消えていない。

 それでも、足は前へ出ていた。

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