第20.5章 雪のあとに残るもの (最最終章)
冬は、きちんと終わった。
ある朝、
ミレイはそれを「音」で知った。
雪を踏む音が、
少しだけ軽い。
凍っていた地面が、
わずかに緩んでいる。
「……春、近いね」
何気なく言うと、
ルカが振り返る。
「冬、好きだった?」
「うん」
即答だった。
「でも、終わるのも好き」
二人が辿り着いた町は、
以前の町よりも小さかった。
時計塔もない。
大きな広場もない。
あるのは、
川と、橋と、
雪解け水の音。
ミレイは、
町外れの小さな工房を借りた。
看板は出していない。
「時計修理」とも書いていない。
それでも、
人は、少しずつ訪れる。
「時間を、見てもらえますか」
そんな言い方をする人が、
増えたからだ。
ミレイは、時計を分解しない。
針を外さない。
ただ、持ち主の話を聞く。
急いでいる理由。
止まりたい理由。
追いつけない理由。
それから、
一つだけ聞く。
「この時計、
今の速さで、困っていますか?」
答えは、いつも違う。
それでいい。
ルカは、
工房の手伝いはしない。
代わりに、
町の仕事をいくつも覚えた。
薪割り。
橋の修繕。
迷子の案内。
「時間がある人」として、
自然に町に溶け込んでいく。
夜になると、
二人は工房の裏で、
温かい飲み物を飲んだ。
「今日さ」
ルカが言う。
「泣きながら笑う人、いた」
「うん」
ミレイは、頷く。
「時間が、追いついたんだと思う」
懐中時計は、
今もミレイのポケットにある。
動いている。
でも、
彼女はもう、
それを見て判断しない。
代わりに見るのは、
空の色。
影の長さ。
隣を歩く人の呼吸。
ある日、
町の子どもが聞いてきた。
「ねえ、ミレイ」
「なに?」
「時間って、どこにあるの?」
ミレイは、少し考えてから、
こう答えた。
「気づいた場所に」
子どもは、よくわからない顔をして、
それでも、走り出した。
きっと、
遊びの中で、
時間を見つける。
春の気配が、
はっきりしてきた頃。
ミレイは、
夢を見た。
昔の町。
止まった時計。
小さな自分。
でも、
もう泣いていなかった。
ただ、
雪の中で、
ゆっくり歩いている。
目が覚めたとき、
胸は静かだった。
「……置いていかれてない」
小さく、呟く。
ルカは、
眠そうな声で答える。
「そりゃそうだよ」
「どうして?」
「今、ここにいるから」
外では、
雪解け水が流れている。
止まらない。
でも、急がない。
ミレイは思う。
冬は、
人を閉じ込める季節じゃない。
立ち止まることを、
許してくれる季節だったのだと。
きらめきは、
特別な瞬間じゃない。
選び続けた「今」が、
静かに積もった結果だ。
ミレイとルカは、
今日も同じ速さで歩く。
もう、
確かめる必要もなく。
時間は、
二人のすぐそばで、
やさしく息をしていた。
ーーー[完]ーーー




