第20章 冬の扉を越えて (最終章)
夜明け前の空は、
まだ冬の色をしていた。
薄い青。
深い白。
町の門の前に、
ミレイとルカは立っている。
荷物は、少ない。
置いてきたもののほうが、
ずっと多い。
「戻らない?」
門番が、半ば冗談のように聞く。
「ええ」
ミレイは、微笑んで答える。
「でも、終わりじゃありません」
門が、ゆっくりと開く。
ぎい、と低い音。
冬の外の世界が、
そこにあった。
振り返ると、
町は静かに息をしている。
動き続ける時間の中で、
立ち止まることを、
もう恐れていない町。
「いい町だったね」
ルカが言う。
「うん」
ミレイは、頷く。
「でも、
私たちの時間は、ここじゃない」
一歩、外へ。
雪の感触が、少し違う。
知らない土地の冬。
ルカが、ふと立ち止まる。
「ねえ、ミレイ」
「なに?」
「もし、また迷ったら」
ミレイは、答える前に、
懐中時計を取り出した。
開かない。
振らない。
ただ、握る。
「迷ったら、
歩く速さを、確かめる」
「どうやって?」
「誰かと、並べているか」
ルカは、笑った。
「なら、大丈夫だ」
門が、閉じる。
でも、
音は重くない。
町と、別れる音じゃない。
次へ進む音だ。
空に、
小さな雪が舞う。
それは、見送りでも、
足止めでもない。
ただの、冬。
ミレイとルカは、
同じ速さで歩き出す。
扉の向こうへ。
冬の朝は、
音より先に光が届く。
ミレイは、足を止めた。
小さな丘の上。
振り返れば、
これまで歩いてきた道が、白く続いている。
長くも、短くもない。
ちゃんと、歩いた距離だった。
「きれいだね」
ルカが言う。
「うん」
ミレイは、懐中時計を取り出す。
もう、開かない。
針の音も、聞かない。
それでも、
彼女は確かに、時間を感じていた。
冷たい空気。
白い息。
隣を歩く人の気配。
それ全部が、
今だ。
丘の向こうに、
新しい町が見える。
知らない場所。
知らない冬。
でも、
怖くはない。
「これから、どうする?」
ルカが聞く。
ミレイは、少し考える。
そして、答える。
「たぶん……
時計は、直さない」
「じゃあ?」
「時間のそばに、いる」
それで、十分だった。
二人は、丘を下る。
足跡が、並んで残る。
雪は、すぐにそれを覆う。
消える。
でも、
なかったことには、ならない。
誰かの中に、
確かに残る。
それが、
きらめき。
遠くで、
町の音が聞こえ始める。
新しい生活の音。
ミレイは、歩きながら思う。
冬は、終わる。
でも、
物語は、終わらない。
きらきらとした時間は、
特別な場所にあるわけじゃない。
今、ここに立っていること。
それ自体が、奇跡なのだから。
ミレイとルカは、
同じ速さで、
新しい冬へ、歩いていった。




