第19章 雪の中の小さな奇跡
朝、町は少しざわついていた。
理由は、はっきりしている。
雪だるまが、増えていた。
しかも、どれも少しずつ違う。
帽子をかぶったもの。
欠けたボタンのもの。
目がずれているもの。
「……昨日は、なかったよね?」
ルカが首を傾げる。
「うん」
ミレイは、微笑む。
「でも、誰かが作った」
それだけで、十分だった。
広場では、子どもたちが笑っている。
転んで、
雪まみれになって、
それでも、起き上がる。
時間を気にしない遊び。
でも、
ちゃんと、昼は近づいている。
時計塔の鐘が鳴る。
カラン、カラン。
音は、正確だ。
でも、
急かさない。
ミレイは、ふと立ち止まった。
広場の端。
小さな女の子が、
雪だるまの前で困っている。
「どうしたの?」
声をかけると、
少女は顔を上げた。
「……こわれちゃった」
腕の枝が、折れている。
ミレイは、しゃがみこむ。
「直していい?」
少女は、こくりと頷く。
折れた枝を、
少し短いものに変える。
形は、前と違う。
でも――
「できた」
少女の顔が、ぱっと明るくなる。
「ありがとう!」
走り去る背中を見送りながら、
ルカが言う。
「前なら、気にしてた?」
「たぶんね」
ミレイは、正直に答える。
「元どおりじゃないから」
「今は?」
「今は」
彼女は、雪だるまを見る。
「続いてるから、いい」
風が吹く。
雪だるまたちは、
少しだけ、形を変える。
でも、
消えない。
それを見て、
ミレイは気づく。
時間は、奇跡を起こさない。
**奇跡が起きたと感じる“余白”**を、
与えてくれるだけだ。
昼の光が、
町に満ちる。
冬は、まだ終わらない。
でも、
確かに、あたたかくなっていた。
雪は、夜になると音を失う。
昼間のざわめきが嘘のように、
町は深い静けさに包まれていた。
時計屋の灯りは、まだ消えていない。
ミレイは、机の上に
小さな包みを並べていた。
布に包まれた、いくつもの時計。
どれも、修理は終わっている。
でも、
渡し先は、まだ決まっていない。
「全部、置いていくの?」
ルカが、静かに聞く。
「うん」
ミレイは、頷いた。
「ここに、残す」
「寂しくない?」
「……少し」
正直な答え。
でも、
迷いはなかった。
ミレイは、棚の奥から
一つだけ、懐中時計を取り出す。
あの、特別だった時計。
今は、ただの時計。
それでも、
彼女の時間が詰まっている。
「これは?」
ルカが聞く。
「渡さない」
即答だった。
「手放すためには、
手放さないものも、必要だから」
ルカは、納得したように笑う。
包みを一つ、開ける。
中には、
小さな目覚まし時計。
文字盤の裏に、
短い言葉が刻まれている。
『あわてなくていい』
別の時計には、
『遅れても、あなたの時間』
『止まっても、終わりじゃない』
ミレイは、深く息を吐く。
「言葉を、置いていくの」
「誰のため?」
「……未来の誰か」
夜風が、窓を揺らす。
雪は、まだ降っている。
ルカが、ふと思い出したように言う。
「最初に会ったときさ」
「うん?」
「ミレイ、
時間を直す人だった」
「今は?」
ミレイは、少し考える。
「……一緒に待てる人、かな」
外で、
誰かが雪を踏む音がした。
訪問者だ。
でも、
まだ扉は開けない。
今は、
この静けさを味わう時間。
手放す準備は、
もう、できていた。




