第12章 深まる冬の兆し
朝、目を覚ますと、空が白かった。
雪ではない。
光そのものが、凍っているような色。
ミレイは、嫌な予感を覚えた。
懐中時計の針が、重く、鈍い。
「……来てる」
ルカも、周囲を見回している。
「寒い。
昨日より」
吐く息が、すぐに白く固まる。
道沿いの木々が、きらめく前に凍りついていた。
光を放つ余裕すら、奪われている。
遠くに見える山の影が、黒く沈んでいる。
あそこだ。
ミレイは、理由もなく確信した。
時間を止めるほどの冬が、
再び、形を取り始めている。
「ねえ、ミレイ」
ルカが、声を落とす。
「もし、止まったら……
今度は、戻れる?」
ミレイは、歩みを止める。
自分の胸に、あの雪時計の感触が蘇る。
「戻すことは、しない」
きっぱり言った。
「でも、戻らなくてもいいようにする」
ルカは、少し考えて、頷いた。
空から、雪が一片、落ちてくる。
きらめかない雪。
音も、温度も、奪う雪。
それは、懐かしい冬だった。
ミレイは、拳を握る。
以前なら、立ちすくんでいた。
今は、違う。
「行こう」
足元の光は、弱い。
でも、消えていない。
深まる冬は、
終わりの前触れではない。
選択の前触れだった。
山へ続く坂道は、すべて凍っていた。
雪ではない。
時間そのものが、固められているような感触。
一歩踏み出すたび、足音が吸い込まれる。
ルカは、ミレイの外套の裾を掴んでいた。
「ここ……いやだ」
「うん」
ミレイも、同じだった。
坂を上るにつれ、景色が変わる。
見覚えのある家並み。
古い店の看板。
時計台――
「……町?」
それは、ミレイの故郷だった。
けれど、音がない。
人影もない。
完璧に再現された、記憶だけの町。
胸が、締めつけられる。
店の扉の前に、立ってしまう。
開いている。
中には、若い頃の自分がいた。
無言で、時計を直している。
表情は、凍っている。
「ミレイ……?」
ルカが、不安そうに呼ぶ。
ミレイは、震える息を吐いた。
「これは……
私が、止まった場所」
若いミレイは、こちらを見ない。
ひたすら、壊れた時計を直し続けている。
直しても、直しても、
針は、動かない。
時間を、動かさないために。
ミレイは、一歩、前に出る。
「……もう、いい」
声が、かすれた。
若い自分は、初めて顔を上げる。
その目は、空っぽだった。
「動いたら、壊れる」
記憶のミレイが言う。
「失くしたら、終わる」
ミレイは、首を振る。
「動かなくても、
終わってた」
懐中時計を、胸に当てる。
カチリ。
確かな音。
「私は、進む」
若い自分の姿が、ひび割れる。
町全体に、細かな亀裂が走る。
ルカが、強く手を握った。
「一人じゃない」
その言葉が、最後の支えになる。
凍った記憶の坂は、
音を立てて、崩れ始めた。




