第10章 止まった理由
森を出る道は、来た時よりもはっきりしていた。
雪の上に残る光が、
進む方向を静かに示している。
ミレイとルカは、並んで歩いた。
ルカの歩幅は小さい。
でも、止まらない。
「ねえ、ミレイ」
ルカが、前を見たまま言った。
「どうして、ぼくは止まったの?」
ミレイは、すぐには答えなかった。
代わりに、質問を返す。
「最後に覚えてることは?」
ルカは、考える。
「家が見えたところ」
「煙突の煙」
「それから……」
言葉が、詰まる。
「……いなくなった」
誰が、とは言わなかった。
言えなかった。
ミレイは、足を止める。
ルカも、立ち止まる。
風が、二人の間を通り抜けた。
「失くした瞬間はね」
ミレイは、ゆっくり言った。
「時間が、重たくなる」
ルカは、うつむいた。
「進めなくなるほど?」
「進めなくなるほど」
ルカは、雪を蹴った。
きらめきが、はじける。
「じゃあ、ぼく……
弱いんだ」
ミレイは、首を振った。
「違う」
即答だった。
「止まったのは、
守ろうとしたから」
ルカは、顔を上げる。
「守る……?」
「大切な気持ちを。
なくならないように」
ミレイは、自分の胸に手を当てる。
「私も、そうだった」
ルカは、何も言わなかった。
でも、歩き出した。
森の出口が、見える。
光の向こうに、白い空が広がっていた。
「ねえ、ミレイ」
ルカが、少しだけ明るい声で言う。
「外に出たら、
時間、早くなる?」
ミレイは、微笑んだ。
「人による」
「じゃあ……」
ルカは、息を吸う。
「ぼくのは?」
「君の速さでいい」
その答えに、ルカは頷いた。
森を抜けると、風が強くなった。
けれど、怖くはない。
止まった理由は、
弱さではなかった。
大切にしすぎた、優しさだった。
ミレイは、それを胸に刻みながら、
次の道を見つめた。
森を抜けた先に、町があった。
小さく、静かで、
どこか整いすぎている町だった。
「……変」
ルカが、正直に言った。
通りを歩く人々は、皆、同じ速さで歩いている。
笑うタイミングも、立ち止まる時間も、ほとんど同じ。
違和感は、音だった。
足音が、揃いすぎている。
ミレイは、懐中時計を取り出す。
針が、わずかに揺れていた。
「時間が……ずれてる」
壊れているわけじゃない。
揃いすぎているのだ。
広場の中央に、大きな時計塔があった。
白い石で作られた、立派な塔。
だが、針は一本しかない。
「あれ?」
ルカが首をかしげる。
「短針と長針、ないね」
「一本だけで、全部決めてる」
ミレイは、直感的に理解した。
速さも、休みも、
この町では一つしか許されない。
塔の下で、町長らしき人物が演説していた。
「我々は、遅れない。
迷わない。
無駄な時間を持たない」
人々は、無表情で頷く。
ルカは、ミレイの袖を引いた。
「ここ、息しづらい」
「うん」
ミレイも、同じことを感じていた。
ここでは、
止まることも、急ぐことも、罪になる。
その時、時計塔の鐘が鳴った。
ゴン。
短く、強制的な音。
人々が、一斉に動き出す。
ミレイの懐中時計が、悲鳴のように鳴った。
カチリ、カチリ……。
リズムが乱れる。
「ルカ」
ミレイは、低く言った。
「ここでは、時間を直せない」
「じゃあ、どうするの?」
ミレイは、塔を見上げる。
「……ずらす」
完璧すぎる針を、
ほんの少しだけ。
それで、この町は呼吸を取り戻す。
ミレイは、一歩、前に出た。




