あの高台から見える景色を
「……本日は、ウィンドミル鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございました。当列車はまもなく、終点ハイランドへ到着いたします」
辺鄙な田舎町の古臭い列車から、東洋人の女が一人、姿を現した。
「こちら、ハイランドはエセル連邦王国に属するティスルランドの最北端にあたる地方都市です。魔導革命時代には工業都市として大きく発展し〜」
ガイドの女の話を聞き流し、平らに均された道を歩き始めた。
駅の周りは観光客向けの店や宿が数軒立ち並ぶ。女は一軒の宿を選び、宿帳に名を記した。
「日本から観光かい? よければ名物を紹介するよ」
「いや……里帰りさ。食事はオリーブたっぷりのピザで頼むよ」
女は宿に荷を置き、教会の鐘の回数を数えた。時計はある。だがその鐘の音が知らせる時間の方が、女には馴染みがあった。
教会には多くの巡教者や観光客が訪れている。偉大なる治癒師、ミラの聖地として。
ハイル川のそばに広がる田園風景を行く。かつてここには多くの農民が暮らした。
なだらかな牧草地を行く。かつてここには多くの馬が駆け抜けた。
険しい丘陵地を登る。いまもここにはアザミの花が咲いている。
高台へ登る。かつてここには大きな屋敷があった。自分たちの暮らす家があった。
今はただ、石の残骸にその歴史が感じられるだけだ。
「帰ってきたよ」
女は一人つぶやいた。言葉を返すものは、誰もいない。
何人かの観光客がその美しい景観をカメラに収めている。そうするだけの価値はあるだろう。だが女にとっては、美しさよりも懐かしさ、懐かしさよりも寂しさが勝った。
女はさらに、丘陵地を登る。この土地で、最も高いところを目指して。
ふと、岩の隙間から大アザミが見えた。
昔この岩でコケたドジな娘がいた。泣き止むまでずいぶん苦労したものだ。
女は風景よりも、牧草地よりも、ただの尖った岩に懐かしさを感じた。
やがて、高台に辿り着いた。
――おかえり。
懐かしい……あまりにも懐かしい声が耳元に響いた。
女は振り返り、声の元へ向かった。
そこには古い石が二つ、並んで埋もれていた。
周囲を見渡せば、一つ、また一つと石が埋もれていた。
それが誰の墓であるかを知るものは、最早いない。
だが女はそっと、二つ並んだ岩に向かって座った。
「ただいま……カケルくん。ベアトリクス様」
――おかえり、ツクヨ。
「法度を守るのに、ずいぶんかかっちまったね」
――いいよ。
「それじゃ……なにから話そうかねぇ……」
女は石に向かって、一人で話し続けた。まるでそこに誰かがいるかのように。誰かの残滓と語るように。あるいは、自分に懐く精霊の優しいいたずらに付き合うように。
かつてこの高台で暮らす人々がいた。
かつてこの高台のために戦う人々がいた。
今はもう、その歴史を知るものは極わずかしか残っていない。
――
ベアトリクス・ハイランド
エセル神聖王国に魔導蒸気機関をもたらした発明家にして、抗生魔法水を生み出した時代の寵児。氷の魔女の異名を持ち、多彩な魔法を開発した他、外交・智謀に長ける戦略家として後世の歴史家の評価は高い。
また、彼女の残した資料によると、魔素を観測する手段が無かった時代にも関わらず、魔素を科学的に理解していた痕跡もみられる。
聖女ミラ
治癒術と迷信を信じる中世において革新的医療改革を成し遂げた偉人として、現在も医療者たちの指針となっている。戦場の女神として当時敵対していたはずの北方ノルド族の歴史書にもその名が残されている。
フロイド・ウィンドミル
魔法に頼らない巨大蒸気機関車を発明し、エセル神聖王国に産業革命をもたらした偉人。彼の発明によってエセル神聖王国の魔導文明は衰退し、各地で独立運動が始まった。最終的に三国に分かたれた国家は、現在ではエセル連邦王国として再統合されている。
ディンギル・ヤール
エセル北方戦役において、ノルド軍のノース山脈南方遠征に際して自国を裏切り、ノース山脈北方拠点を制圧したヤール(ノルドにおける将軍・領主相当地位)。この壊滅的な強襲と補給路の断裂により、当時、圧倒的軍事力を保有していたノルド軍はエセル軍に完敗した。
この『ディンギルの裏切り』は、如何に優れた軍備と戦略ドクトリンを有していても、政治外交と補給路の断裂が局所的大敗を招く例として、後世の軍略家の多くが学んでいる。
後にエセルはその功績を讃えハイランド北部とノース山脈一帯の領土を割譲。少数ながら強力な軍事力と傭兵組織を保有するツヴァイス中立国の礎となる。
アビゲイル・ハイランド
エルフィン・ハイランド
リーゼロッテ・ハイランド
ミゲル・ハイランド
そして、ヤマトカケル・ハイランド
彼らもまたハイランドにおいて重要な役割を担い、戦い、生きた。
バニシュと迫害された人々もまた、その時代を懸命に生きた。
敵対国家であろうとも共同歩調を取ろうとした人々もまた、その生涯を平和のために尽くし生きた。
歴史に彼らの名前は残されていない。
ただその名を知る女が一人、今も生きるのみである。
――fin.
最後までご愛読いただき、ありがとうございました!
カケルとベアトリクスの暮らしはまだまだ続きますが、小説として描かれるお話はここまでとなります。
次回作『追放騎士と銃装ゴブリン傭兵団 〜聖女とはじめる辺境の永世中立国〜』も公開中!
https://ncode.syosetu.com/n3243lv/
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