悪魔の植物
屋敷の調理場
「全体的に小ぶりだが、ちょうど収穫期が近そうでよかった」
キッチンメイドの怪訝な視線を浴びながら、オレはじゃがいもの山を前にその使い道を考えていた。
「油とバターはありますか?」
「……蓄えはあるけど……芋なんかに使うのはねぇ……」
どちらもそこそこ贅沢品らしく、またこの世界の人たちはあまり野菜と魚を好まないらしい。麦、肉、果実が基本で、野菜はほぼ豆。肉がない時に魚、他は食べ物がなければ仕方なくと言う具合だ。栄養バランス悪いな。
「まぁ美味しく食べるためなので、少し使わせてもらいますね」
別にオレは塩とふかした芋だけでも満足だが、野菜嫌いにもおいしいと言わせる必要がある。と言うのも……
――
「栽培はまずいですよ!」
「栽培はダメよねぇ……」
今後のためにもじゃがいもの栽培を提案したところ、そこそこ高評価を下したドリューとベアトリクスの2人からそろって却下された。
「毒物の栽培は法律で禁止されていて、領主がそれを指示したとなれば領地取り上げもあり得るわ」
「自生したものを食べるのであれば罰になるほどの罪にはなりません……誰も採らない分、今でもたくさん採れますからそれで良くないですか?」
ベアトリクスに迷惑はかけられないし、ドリューの言うことは至極もっともだ。とは言え、来年も冷夏や蝗害が起きないとは限らない。飢饉は連続すると被害が大きくなる。そしてオレはどうどうと芋が食いたい。
「教会はどの食べ物が毒かまで具体的に定めてるのか?」
「有名なものなら……」
「じゃがいもは?」
「悪魔の植物は死ぬほどの毒性ではないですし……記載はないかも」
「……なら教会を納得させればいいわけだ」
「どうするの?」
「……プレゼンだ」
――
というわけで厨房のおばちゃんもといキッチンメイドに作って貰った料理を持って教会へやって来た。なお、自分で作ろうとしたものは黒焦げになってしまった。かまどの火は扱いが難しい。
「シスターミラはいますか?」
「あら、カケルさん!」
「ミアズマ対策の効果はいかがですか?」
「すばらしいですわ! 特に大怪我した人に効果的で、病にかからないだけでなく治癒熱も軽く、治りが目に見えて良くなってますの!」
「それはよかった」
「それに冒険者さんが魔石を取ってきてくれて、大変助かっています」
あのフレイムドッグだかなんだかか、意外に仕事が早い。実力はあるんだろうな。
「ところで今日はちょっと聞きたいことがありまして……」
「はい、なんでもどうぞ」
「この芋を……領内で栽培してみたいのですが」
「ダメです」
……ピシャリ即答、明確な拒絶だ。あんなに機嫌良さそうだったのにもうちょっと怒ってる。
「な、なぜ?」
「それは『悪魔の植物』という毒のある芋です。ハイランド北部から西部にかけて自生しており、開拓初期は飢えた人々がそれを食べてしまい大勢が苦しんだと記録も残っています。間違っても食べたり栽培したりしてはいけません」
……想像以上に詳しい。そうか、毒で苦しんだ人が教会を頼るからしっかり記録を残しているのか。
「実はこれにそっくりのじゃがいもと言う芋がヤマトでは食べられていて、特性もほぼ同じでした。芽には毒があるんですが、芽吹く前や芽を取った可食部分は毒が無いんですよ」
「芽に毒があると言うことは神の作った食べ物ではありません。ヤマトの方がヤマトで食べるのは自由ですが、エセルでは認められません」
ぐぬぬ……思ったより手強そうだ。
「カケルさんはこれを食べたいんですか? ハイランド家であればもっとおいしいものが食べられるでしょう?」
「この芋は…」
まずいな、何も思いつかない。
「……おいしいんです」
「はぁ……まぁ好みは人それぞれですが……」
「おいしいんです」
こうなったらゴリ押しだ。
「……そんなにですか?」
「はい、一口だけでも味見してみませんか? 毒がないことは領主直々に確認してもらいました」
ほくほくのふかし芋を差し出す。
「……ダメです」
「きちんと火と油で調理してます」
カリカリのフライドポテトを取り出し、目の前で塩をまぶす。
「……ダメですったら」
「バターもありますよ」
「……一口だけですよ? 内緒ですからね?」
良し、落ちた!
「秘匿の義務は守ります」
――
「コホン……確かに美味しいことは認めましょう」
オヤツに用意したポテチもどきをかじり終えたシスターが言う。
「それに今季は領内の食料が不足してることも承知しています。きちんと知識あるものが調理したものを領内で食べる事には目をつむりましょう。私も責任を持って適宜監修します」
調理したものを持ってこいということですねわかります。
「ご理解ありがとうございます。栽培に関してはやはり難しいでしょうか?」
「これはハイランド家のために言いますが、絶対にやめたほうがいいでしょう」
「……わかりました」
「ご理解いただけたようで何よりです」
まぁ、ここらが落とし所か。法律を変えろと言ってるようなもんだしな。
「……最後に一つだけ、これはあくまでただの疑問なんですが……」
「はい?」
「神の作った食べ物は毒がないんですよね?」
「はい、そうです」
「では、なぜ食べ物は腐るのでしょうか? 腐った食べ物は毒ですよね?」
「それはその食物が死んだのです。死したものはやがて腐り、毒となります」
「……では、芽吹く前の芋は、まだ死んでいないのでは無いでしょうか……? 死んだからこそ、その上に新たな命が芽吹くとは考えられませんか?」
「……っ!」
「……すいません、よく知りもせず勝手な考えを言いました」
「カケルさんは、不思議な考え方をするのですね……口から竜が飛び出るところでした」
だからなんなんその比喩
「……未熟な私では、その疑問にお答えすることができません。私の神学論の先生に伺ってみたいと思います。カケルさんのお名前は出しませんので……」
「いえ、そこまでしていただかなくとも、大丈夫です。今日はありがとうこざいました」
「……カケルさんとのお話はとてもためになります。ぜひまたお越しください」
……宗教的な話は難しいなぁ。まぁどうせ作付けの時期はまだ先だ、気長にみよう。




