リーゼロッテの一日
「手前、生国発しますは広大なりしハイランド。その地を統べる氷の魔女の娘に生まれ、名をば故郷の名前を戴きしリーゼロッテ・ハイランド。人呼んでかわいいリジィちゃんと申します!」
――パチパチパチパチ
「どうだった! ツクヨ」
「おー。上手上手」
「これであたしも立派な日ノ本一家の一員ね!」
「そもそもお嬢はご領主一家の跡取り娘なんですがね……ま、これであーしも気兼ねなく行けるってもんさ」
「……ほんとに行っちゃうの?」
「お嬢ももう数えて七つだ。ミゲル坊も五つ、弟子も育った。心配あるめぇ」
「やだ! 行かないでおばあちゃん!」
「誰がババアだ! ぶっ飛ばすよ!」
うるうる泣いて見せてもツクヨには効かない。パパなら一撃なのに……ホントにいなくなっちゃうんだ。
――ほんとはいきたくないんだよ。
――ずっとここにいたいんだよ。
「……ツクヨ?」
「なんだい?」
「いま、行きたくないって言った」
「言ってないよ……おしゃべりな精霊の声でも聞こえたかい?」
「行きたくないのに、どうして行くの!」
――ずっといっしょにいたいよ。
――でもずっとはつづかないんだよ。
「……さぁてね。そいじゃ、しんみりする前に、お暇させてもらうとするよ」
「え……パパ達にお別れしないの?」
「もう手紙は置いてきた。引き留められるのは、お嬢だけで十分だよ。それ以上は未練になっちまう」
「ツクヨ……」
「所詮あーしは流れ者……生きてりゃまた何処かで会えるだろう。それじゃお嬢、達者でな」
「バイバイ……おばあちゃん」
ツクヨは、怒らなかった。いつもこう呼ぶと怒るのに、振り返りもしなかった……。
――
「ほほう……だいぶ動きが良くなりましたな」
「でしょう? 坂道も登れるくらいになってきたんですよ」
「ポッポ! ポッポ!」
「よしよし、次はミゲルの番だな」
「パパたち、またおもちゃいじってるの?」
「おもちゃじゃない。ゼンマイ式機関車模型だ」
「おぉ、リーゼロッテさまご機嫌麗しゅう」
「フロイドさん! お土産は!」
「もちろんご用意しております。今日はイチゴの砂糖漬けをお持ちしました」
「わーい! フロイドさん大好き!」
「砂糖漬けか……イチゴ飴にしても美味しいですよ」
「旦那さま、そのお菓子について詳しく」
フロイドさんは商売好きだ。ちょこちょこパパのアイディアほしさにやってくる。パパがあたしのために作ったおもちゃを本物にするんだって意気込んでるけど、そんなのパパたちとミゲルしか興味ない。
「いってきまーす!」
「リジィ、暗くなる前に帰るんだよー」
あたしが一番好きなのは、裏の高台。ここから風を浴びて、風力トロッコで街まで一気に降りるのが最っ高に気持ちがいいの!
「あー、リジ様ー!」
「やっほー!」
教会で働くサラサお姉ちゃんに手を振り、市場へ走る。背の高い異国人を探す。
いたっ! ディンギルだ! やっぱり目立つしカッコいい……あたしの初恋の人。
ディンギルは敵対国のハスカール……あたしは領主の娘……国と身分があたし達の愛を引き裂き、結ばれることのない悲しい運命。
「あら、お嬢様。お買い物ですか?」
「あ、リリもいたの」
「はい。ディンギルの妻ですから」
「あたしもディンギルの奥さんになりたい」
「でしたらお嬢様にもフロストランドに来ていただかなくてはなりませんね。寒いですよ」
「……やだ」
「リーゼロッテ、今フロストランドは危ない。来てはいけない」
「わかってるよう……つーしょーじょーやくがきれるんでしょう?」
「そうだ。延長ができなければ、また戦争になる」
「ディンギルがなんとかしてくれるでしょ?」
「その時は、リーゼロッテを連れて逃げよう」
「やった! それいい!」
「もう……そんなことしたら戦争じゃすみませんからね」
「わかってる。冗談だ」
「えぇ〜残念」
あんまり二人の邪魔しても悪いから、あたしは退散した。帰郷中のリリにも悪いし、野暮天はしないのさ。
――
「エルゥおばさま〜」
巡回中のエルフィンおばさまを見つけて、声をかける。きっと乗せてくれる。
「おぉ、リジィ。今日もダンデライオンのようにかわいいな!」
「ねぇお馬さん乗せて!」
「うむ。ダメだ。今日はディンギルたちの警備と警戒を行っているからな」
「えぇ〜! ディンギルに警備なんていらないでしょ!」
「それでもだ。ディンギルはともかく連れの奴隷兵は鉄火組とは違う。お互いのためにも監視は欠かせん」
「ちぇ……」
「リジィもそろそろ屋敷に帰れ。風を呼んでおいてやる」
「うん! ありがとうエルゥおばさま」
風力トロッコに乗って、機構を繋げる。風車がまわり、ゆっくり荷台が上がっていく。魔導蒸気のほうが速いけど、あたしはこっちの方が好き。景色を見ながらのんびりのんびり上がっていく。
そしてこの時間が、あたしの魔法の練習時間。
「魔素変容、熱層負相、発水、抑留」
「魔素変容、熱層正相、放熱」
右手で水を作り押し留め、左手で温める。暖かいお湯を出す魔法。並列魔法は別に難しくないけど、抑留は難しい。この詠唱一つだけで、魔法一つ分ぐらいの密度がある。
きっと、風の負相が関わってる。飛ばすときに必要だから留めるときにも必要なんだ。横着せずにちゃんと詠唱した方が楽かも知れない。
この魔法式は、あたしのオリジナル。感覚派のママは理解できなかったし、パパは魔法が使えない。でもホントのところを一番理解してるのはパパだと思う。
――
「火と水って同じ魔素だと思うんだけど?」
「……何言ってるの、リジィ?」
「熱エネルギーだけでみたらそうだな」
「パパわかるの?」
「どっちも熱を操作してるからな。水と火はその副産物で、実際のところ冷熱魔法じゃないか?」
「やっぱり! そうだよね?」
「二人ともどうかしてるわ……」
――
まぁ理論がわかったところでママのほうが魔法は上手なんだけど。いつか私も氷の魔女と呼ばれてみせる。今のところ蒸気の魔女だけど。
あたしは毎日、その日のできごとをアヴィおばさまにお話する。おばさまは身体が弱くてベッドから出られないから、あたしが外のお話をしてあげるの。
そして夜の楽しみはこれから。アヴィおばさまと一緒に寝ると、不思議な夢を見る。夢のなかでおばさまは白い猫に変身して、あたしと一緒に冒険するの。
今夜はどんな夢がみれるかなぁ。そうだ、立派な魔女の領主さまになる夢がいいな。旦那さまはディンギルで。
次回19日24時更新予定のエピローグにて完結となります。
次回作も同時公開予定です。お楽しみに!




