フロイド・ウィンドミルの誤算
「なぜだ……なぜ、こんなにもビート・シュガーの出来高が少ない!」
「わかりません……第一段階から甘みがほとんどありません。なにか、さらに秘匿された製法があるのではないでしょうか?」
「バカな……」
「フロイド、広大な耕作地を使い、農民に重い労働を課し、あげく加工場まで作ったのだ。失敗は許されんぞ」
「……申し訳ありません、父上」
「砂糖の注文は各地より届いておる。直ちにハイランドに赴き、製法を確立させよ。さもなくばありったけの砂糖を仕入れてこい」
「……かしこまりました。直ちに早馬を出します」
――
「あら、フロイドさん。まだ砂糖には早いわよ?」
「レディ・ハイランド、突然の訪問失礼致します。商隊を出す前に、至急確認したいことがございまして……」
「なにかしら?」
「聖都では既にてん菜の収穫が始まっております。しかし、どうしても砂糖の精製がうまくいかないのです」
「そうなの? どうしてかしら……」
「少量なら精製できるのですが……なにか製法に違いがあるのでしょうか?」
「まってね、夫を呼ぶわ」
――
「カケル、どう思う?」
「うーん……工程をみないとわかりませんが、第一段階で沸かしすぎていませんか? 沸騰させると苦みが出てしまいますが」
「いえ……それは資料にあった通りのとろ火で、煮沸魔法も試しました」
「……ちゃんととろ火で煮出してもその時点で甘みがないなら、てん菜が糖分を持っていません。まだ秋ですし、収穫期には早いでしょう」
「は……? いえ、南の肥沃な大地ではもう丸々と実をつけております」
「あ……それだ。てん菜は寒くないと甘みを蓄えないんですよ」
「な……」
「すいません、こちらの落ち度ですね。秘匿の鍵はあくまで製法しか記載してませんでしたから」
「ふ、冬になればてん菜の甘みは増しますか?」
「多少は増えると思いますが……元々寒冷地向きの根菜ですからなんとも」
「ぐ……でしたら、今季の砂糖を先物買いさせていただけませんか?」
「ごめんなさい……あちこちからお手紙が届いていて、お友達や水の姫にも贈る約束をしてるのよ。出来高が見えないうちから売れないわ」
「そんな……増産されていないのですか?」
「えぇ。今年は砂糖……と言うか飼料より農作物がたくさん必要で」
「……風読みが甘かったか……」
なんか、困ってそうだな……先走って南で作りすぎたんだろうか? てん菜についてちゃんと教えてあげれば良かったな。
「ビィ、送り先はだいたい聖都周辺か?」
「そうね。セイレムと聖都が中心よ」
「ならウィンドミル商会に売れるだけ砂糖を売って、そこから届けてもらえばいいんじゃないか?」
「あぁ、それはいいわね。送料も手間も省けるわ。フロイドさん頼めるかしら?」
「そ、それで砂糖を売っていただけるのでしたら喜んで」
「量が必要なら、焦らず冬を待ってください。できるだけ多く精製しておきます」
「承知いたしました」
「それと、家畜と一緒に余ったてん菜をこちらで買い取りましょうか? てん菜を一番食うのは……豚がいいかな」
「大変ありがたい申し出なのですが……その、てん菜の量に見合うほどの家畜を用意する資金が……先払いでしたら……ウィンドミルの名にかけて」
先物買いといい、先払いといい、本気でヤバそうだな……。スライム討伐で値下りしそうだし、魔石ならいっか。
「魔石払いで良ければ、先にお支払いしましょう。ビィ、いいか?」
「うん。今年は戦争もないし、アヴィからもたくさん届いてるものね」
「それと、魔石は早めに捌くことをお勧めします」
「それはなぜでしょうか? 魔導蒸気機関で需要は高まり続けておりますが」
「そろそろスライム討伐を完了した領地が出る頃合いなので……まぁ値下がりしなければ逆にそこらと商売するといいでしょう。鍵の送り先も教えましょうか?」
「……いえ、そこまでしていただくわけには……むしろ、なぜそこまで?」
「ウィンドミル商会が来なくなると、妻の好きな白パンが作れなくなるので」
「そうね! それは困るわ、ローランドの麦は硬いものね!」
「そ……それだけ……?」
「遠慮しないでいいのよフロイド。去年いい取引してくれたじゃない。それじゃあ今年は、麦と豚とてん菜ね。砂糖を作って待ってるわね」
「旦那様とレディ・ハイランドの御慈悲に……感謝申し上げます」
――
負けた……完敗だ。先読みも、技術も、発想も。ただの従者だと思っていたあの男が、裏で全てを動かしていたのだ。魔導蒸気機関もおそらくは……。
だが最も恐ろしいのは、あの男は私が商人としてバニシュ同然の窮地にあると知ってなお、私を『再利用』したことだ! 値下がりする魔石を処分させ、麦と砂糖を運ばせるために!
「首の皮一枚は繋がった……だが、砂糖利権も粉挽き利権も失い、足枷をつけられた……なんとしても、強く新たな風を吹かせなければ……」
若き豪商フロイド・ウィンドミルは、心に寒風を吹かせながら、聖都への帰路を駆け抜けた。落ち目となった彼がその後、死中活路を蒸気機関に見出すのは、必然のことであった。
やがてウィンドミル商会は蒸気機関を研究し、魔導蒸気機関の出力では動かしたり得ない、巨大蒸気機関車を開発する。
それはエセルに新たな交易路と戦略ドクトリンを生み出しつつも、エセルの支配層から独立した資本勢力となり、黒煙と内乱の風を吹き起こすことになる。
歴史にIFがあるとすれば、カケルがフロイドを救わなければ蒸気機関車は生まれず、ハイランドはフロストランドに滅ぼされていただろう。
その歴史の分岐点が、家畜の餌として誰も見向きもしなかったてん菜にあったことは、誰も知らない。




