新しい命
「ツクヨ……ビィの容態はどうだ?」
ビィが倒れ、ツクヨは問診のあと人払いして診断を行った。
「……あんたも当人も、気づくのが遅すぎだよ」
「どういう……まさか」
ツクヨは神妙な面持ちで、寝台のビィに向かって跪いた。
「我が主ベアトリクス様、そして親父殿……おめでとうございます。ご両人へ、ご懐妊の言祝を送らせていただきます」
ツクヨの言葉は、屋敷中に激震を走らせた。
「もう三ヶ月は過ぎてる。普通もっと早く気づくよ? 体調悪かったろうに」
「できないと思ってたから……ただの夏バテかと思ってたわ」
「ほんとに? 子どもできたの?」
「間違えようないよ。もう膨らみ始めてる。さわってみな」
「ビィ、いいか?」
「うん」
……ほんとだ。ちょっとぽっこりしてる。鼓動は……まだよくわからないな。
「もう安定期に入ってますから、無理しない程度に過ごされるがよろしいでしょう」
「ありがとう、ツクヨ」
「いえいえ、お身体とお世継ぎ、どちらも大事になすってください」
「ツクヨ、どうしてオレに子どもができたのかな?」
「そんなもんあーしに聞かれても知らねぇよ。子宝なんて神様の贈り物さ、それでいいじゃねぇか」
「そうか……そうだよな。ありがとう」
「まぁ一つ可能性があるとしたら……」
「うん?」
「あんたの異能が、それを可能にしたんだろうさ」
「……?」
ツクヨの言葉は、よくわからなかった。
――
「ベティ! 身ごもったとは本当か!」
「お姉さま、おめでとうございます」
エルゥ、アヴィ、そして屋敷中がビィの懐妊を喜んだ。オレはまだふわふわしてる。
「うん……次の冬ごろに生まれるって」
「めでたい! 実にめでたい! 名は何とする?」
「もうエルゥったら、気が早いわ。男の子か女の子か、資質もまだわからないのよ」
「ビィの子どもだ。水に決まっている。ハイランドでは男でも水に育てるのだろう?」
「そうね、お兄さまもそうだったわ」
「魔法の属性って育て方で決まるのか?」
「本人の資質もあるけど、基本的に男の子なら火、女の子なら水の資質を伸ばすわ。風の子は生まれた時から風って感じね」
「うむ。セイレムは風が多いから、皆好き勝手に育つ。」
「ふぅん……風はともかく、火か水は選べるのか」
男は戦いの火、女は統治の水、ハイランドは氷まで使えるからそれが両立できるわけね。
「でもオレの血が入ってるからな。魔法の才能があるかわからんぞ」
「ツノが生えてたら、生まれる時引っかかりそうなのです」
「アヴィ! 怖いこと言わないでよ!」
「ミラなら開いてくれるのです。頑張るのです」
「さすがにツノはないだろうが……」
自己治癒は、どうなるんだろうな。わからんが……なんでもいい。元気に産まれてくれれば、それで十分だ。
――
わらじ組の漂流者、ルーラがついに絨毯を完成させた。それをビィに送りたいと言う。
「すごいな、見事なペルシャ絨毯だ」
「ペルシアの絨毯ご存知なんですか?」
「まぁ……見たことはある。よく一人でこんな大きいの作れたな」
「ペルシアの女は絨毯を編みます。結婚する時、子どもができた時に贈ります。是非家長とベアトリクス様に」
「ありがとうルーラ」
「柄はアザミにしました。染料にもアザミを使っています」
「そういえば……エルゥが大アザミの旗を作ろうとしてたな」
「アーティチョークの旗ですか?」
「あぁ、戦争で大活躍だったからな」
「では次は、アーティチョークの旗を作りましょう」
ビィの嫌いなアーティチョークが、ハイランドを象徴する旗になるかもな。
――
夜、月を見るツクヨに声をかけた。
「ツクヨ、オレの異能ってどういうことだ?」
「はん? そのまんまの意味だけど」
「よくわからなくてな」
「……自己治癒を超えた肉体の再構成、それがあんたの異能だろ?」
「あぁ」
「だから、あんたの異能がそうしたんだろうさ。ゆっくり、ゆっくり時間をかけてね」
「……人間に、近づいてるってことか」
「あんたが人間を望むならそうなるんじゃないかい? 逆に力を望めば、あんたは本物の鬼にもなるだろう」
「……そうか」
「あんたは人間になれる、人間として死ねる。それでいいじゃないか……」
――あたしとは、違うんだ。
「……ツクヨ?」
「なんだい?」
「……いや、いい。すまない」
「……あんまり情がうつる前に、あたしも行かないとね」
「ここを去るつもりか?」
「そのうちね。どんなにいいところでも、そんなに長く、一処に留まれないさ」
「そうか……」
「もしあんたが不死の権能なら……待ってても良かったけどね」
「待つ?」
「……なんでもないよ。家族を大事にしな。本物の、家族をね」
「……お前も家族だ。同じくらい、大事にするさ」
「はん、娘がいつまでも親父と一緒にいたいと思うんじゃないよ」
ツクヨは笑いながら、部屋に戻っていった。
ディンギルは出奔し、ツクヨもいずれハイランドを去るという。新しい命が生まれ、別れもある。
ずっとみんなとここで暮らしたいと思うのは、オレのわがままなんだろうか……。




