風力トロッコ
「こにちわーー!」
ドン! と音を立てて屋敷にやって来た緑髪の小柄な青年。こころなしかエルゥに似てる。
「あら、ウィリアム。急にどうしたの?」
「どうしたもこうしたも、風力トロッコの鍵が欲しいって言うから来たんじゃないか」
「ビィ、エルゥの親戚かなんかか?」
「えぇ、エルゥの本家筋の弟で、私の従兄弟……と言うより甥ね。ウィリアム・セイレムよ。ウィル、この人はカケル。私の従者で夫よ」
「あれ? いつ子ども産んだの?」
「産まれてないけど、夫なの」
「オレは異国の出でな、ちょっと文化が違うんだ。初めましてウィリアム」
「そうなの? まぁいいや、よろしくカケルおじさん!」
おじ……いや、叔父さんだ。叔父さんなだけだ。
「こちらこそよろしく。風力トロッコを頼んだのはオレだが、エルゥの弟が持ち主とは知らなかった」
「弟って言っても腹違いで家も違うから親戚みたいなもんさ。セイレムなんて無駄に人が多いからしょうがないね! エルゥはいないの?」
「彼女はいま北の開拓地にいる。そんなに距離もないから呼んでこようか?」
「いや、今日は商売に来てるからいいよ! そんで風力トロッコだったね。鍵は交換でいいんだけど、最初に作るのは任せてほしいな!」
「作ってくれるのか?」
「うん! 鍵の資料だけみて、大怪我してほしくないからね!」
「なるほど、じゃあよろしく頼むよ、ウィリアム」
――
庭に集まり、さっそくウィリアムが持ってきた風力トロッコを見せてもらうことになった。
「こうやって改めて見ると、ハイランドは風力トロッコ向きだね。勾配が大きくて風も強い。もっと早く来ればよかったな」
言いながら取り出したのは、鉄柱と鉄のロープ。
「まずは鉄製の支柱と綱。開拓とか建築とか、すぐ解体するなら鉄でなくてもいいけど、長く安全に使いたいなら絶対鉄にして」
「わかった」
「次に滑車と荷台。高所から降ろすならこれだけで使えるね。ここまでは普通の吊るしトロッコ」
「うむ」
「で、これが風力補助付き巻き上げ機構」
風力を受ける動力部と、二本のサメの歯みたいなギザギザベルト。
「手動でまわすとこんな感じ」
歯が交互に出たり入ったりして、滑車を滑らせていく。おもしろいな、なんかピタゴラスイッチみたい。
「なんでこう言う形なんだ?」
「こうすると小さな力でも動かせて、巻き戻りの心配がないのさ。動力がやってるのは二つの歯を上下してるだけだからね」
「はーーーなるほど」
小さな力で動かす工夫だったのか。
「動力は所詮風次第。何もしなくても降ろした滑車がそのうち戻って来る。急ぎなら手動で回す。それが風力トロッコさ」
「ふんふん。人間が乗れるっていうのは?」
「それはまた別の機構だね。支えとは別のロープで滑車を固定する。で、ロープそのものを行ったり来たりさせて運ぶんだ」
そっちは普通にロープウェイか。
「よくわかった。開拓地で使えそうだ」
「さっそくどこか設置しようか? それとも自分たちでやる?」
「ビィ、どうする? 領内で必要なとこあるか?」
「うーん……屋敷と教会なら高低差あるし、運搬も多いからあれば便利だと思うんだけど」
「だけど?」
「なんか……景観が損なわれそう」
「まぁ……真正面におくとちょっと威厳がなくなるか。じゃ、屋敷の裏に設置して、倉庫と町の搬入口を作ろうか」
「うん、それならいいかも」
「下から持ち上げるほどの馬力はないけど大丈夫?」
「いまは人力が余ってるし、手動で巻き上げるよ。そのまま運ぶよりはずっと楽になるだろう」
それに、動力部だけ入れ替えればこのまま流用もできる。
「オッケー! それじゃさっそく測量してくるね」
その後、鉄火組も一緒にウィリアムから設置手順を教わり、安全基準も入念に確認した。
……風の一族は長年風力機関を使って色んなことに活用し、大きな機構ほど風使いが重宝される仕組みになっていた。
仕掛けや機構は洗練されており、様々な工夫、危険対策、安全規定、風使いの有無で異なる使い方を網羅していた。
現代のものと比べれば決して高い技術力とは言えないが、創意工夫や過去の失敗が大いに感じられる。この世界独自の発展技術だった。
――
秘匿の鍵によってエセルの全体像がだいぶ掴めて来た。最初はこの世界の特許システムだと思ったが、実体はアカデミーを通した『広告媒体』だ。
アカデミー自身は技術や叡智を集めたいだけでそんなつもりはないのかも知れない。しかし、使う側からすれば違う。
『こんな技術あります、こんな商品あります、興味ありませんか?』と言う情報を他領に知らしめる力があるのだ。スライム石やウィリアムがいい例だ。
彼はエルゥの身内だが、ハイランドに来るまで風力トロッコがここで商売になるとは考えてなかった。オレが興味をもったから足を運んだんだ。
そして技術を売りつけるのではなく、商品を売っていった。当然だ、知識だけあっても前提となる機構が多すぎる。理屈だけでほいほいつくれるもんじゃない。
さらに秘匿の鍵の秘匿性についても問題がある。制度として秘匿の義務はあるんだろうが、誰がどうやってそれを監視する?
中世の社会でそんな情報の管理は不可能だ。オレはやろうと思えば、この国の技術を全てハイランドに集結させて工業化することができるだろう。フロストランドならなおさらだ。
ようするに、この国の制度は人々の善性が基準で動いてる。つまりエセルは……。
「他国からの悪意に……弱すぎる」




