ウィンドミル商会
「そろそろ芋とタコが足りないな……」
100人以上を賄う食料の自給自足は、限界が近づいていた。ハイランドにはまだ冬備えの食料がたっぷりある。だがそれはあくまで領主が管理する領民の財産だ。
「ビィ、食料が限界だ。鉄火組に仕事と食料を与えてほしい」
「そうねぇ……すっかり大人しいみたいだし、そろそろお仕事してもらいましょうか」
「とりあえずは漁村に行かせれば食料は食わせられるし、領地のタコと塩も増やせる。あとは彼らに今後、鍛冶製鉄を主軸とした仕事場を与えてやりたい」
どちらも領民から適度に距離をとり、彼ら向きの仕事だ。監督さえできれば問題ないだろう。
「じゃあ北の関所近くに、新しい集落を作りましょうか。監督はエルゥにしてもらいましょう。漁村の監督は必要?」
「そっちはトッドと日ノ本一家で十分だろう」
「何人ぐらい送る?」
「漁村に30、北に50ってところかな。 残りは輸送と、領内の仕事を頼むといい」
「北の50人分の食料が難しいわね……でもそれぐらいいないと山岳の開拓なんてできないし、ウィンドミル商会に相談しましょう」
「よし、オレも一緒に行こう」
――
オレ自身はウィンドミル商会と初の商談。若く糸目が特徴的な商隊長フロイド・ウィンドミルが応接間に現れた。
「ご機嫌麗しゅう、レディ・ハイランド。本日はいかなるご用命でしょう」
「冬の食料と鍛冶製鉄に必要な工具を一通り、それとビート・シュガーの製法が秘匿の鍵と認定されたのでそのお知らせよ」
「それはそれは、誠に重畳。聖都に戻り次第確認させていただきましょう。お支払いの形は?」
「砂糖と干肉、あと羊毛は……カケル、出していい?」
「鉄火組の羊毛か。大丈夫だ、彼らはたくましい。皮で十分だ」
「ではその三種で。砂糖は大変価値あるもの。是非聖都に知らしめたいので、買えるだけ買わせていただきます。干肉は粉と3対1、羊毛は4対1でいかがでしょう?」
「かまわないわ。紡いだ羊毛は少し上乗せしてくれる? それと冬はあと何回ぐらい来れるかしら?」
「冬はこれで手仕舞いとさせていただきます。小さい行商でよければいつでもお呼びください。私は次の砂糖ができるころ、また参ります」
「そう、それじゃあ小麦はあるだけ買わせてもらうわ」
「では差引……こんなところでしょうか」
「えっ! 小麦がこんなにあるのに、そちらに差額を支払っていただけるの?」
「初の砂糖と大取引ですから、色をつけさせていただきました。本音を言えば風車でお支払いしたかったのですが、ご不要とあらば致し方ありません」
「うれしいわ。ありがとうフロイド」
ビィがニッコニコだ。結構良心的な商売してるんだな。それとも、すでに砂糖の価値を見極めてるのか。
「他にご用はございますか?」
ビィの視線がちらりと送られる。聞きたいこと聞いとこう。
「風車トロッコというのはご存知でしょうか?」
「もちろんです。風の力を補助動力として、軽い荷を運ぶ吊り下げ式の機構にございます」
「あぁ、なるほど。どれぐらいの荷なら運べるので?」
「大人一人程度ですね。過重を超えると途中で止まってしまいますから、巻き上げが必要です。高所から降ろすだけならいくらでも」
大体わかった。要するにロープウェイだ。
「よくわかりました。ちょっと興味があるので、よければスライム討伐技法の鍵との交換をご検討ください。そちらも当家の錬金術師が新しく取得した鍵となります」
「なるほど。鍵の持ち手は当家ではありませんので、お話を通しておきましょう」
「ありがとうございます。オレからはそれぐらいです」
「ではこれにて。改めて此度の戦勝、心よりお祝い申し上げます。ご用命はいつでもこのフロイドへ。風と共に参りましょう」
フロイド・ウィンドミルは手土産のドライフルーツとジャムを添えて、颯爽と去っていった。
「やり手の商売人だったな」
「そうね、ローランドと違って太っ腹だし、助かったわ」
「……それだけ稼いでるんだろう。砂糖の価値を確実に見抜いてる。ハイランドが鍵の持ち主になったから、損してでも関係性を取りに来たんだ」
「じゃあカケルとアヴィのおかげね。工具もたくさんもらえたし、これだけ小麦があれば50人と言わず100人は行けるわよ!」
「在留希望者が当初より増えてる、春先も必要だから大事に使おう」
「うん、それじゃあカケル……」
「ん?」
「最近忙しかったから……今夜はゆっくりお話しましょうか?」
「そうだな……そうしよう」
今年のハイランドの冬は、暖かくなりそうだ。
――
「若、このような持ち出し、よいのですか?」
「良い。どうせ復路にいくほど麦は安くなる。それに今は銅や銀を捨ててでも積み荷を軽くするべきだ」
「それほどお急ぎですか」
「なんとしてもビート・シュガーの製法を先んじて手に入れる。砂糖利権は我らのものだ」
「かしこまりました。それでは北風を呼びましょう。ハイランドとの繋がりはいつまで?」
「せいぜい二年。このような寒村で作れる量などたかが知れている。聖都の肥沃な大地で量産体制を組めば、他の参入を許さずウィンドミルが独占できる」
「彼らが砂糖を主力にするつもりなら、値崩れで苦しむでしょうな」
「その時は麦ぐらい売ってやるさ。粉挽き料を引いてな。その時になって風車を作らなかったことを後悔するがいい」
「恐ろしいお方だ……」
若き豪商フロイド・ウィンドミルは先見の明と決断力に優れた商売人であった。彼の唯一の誤算は、てん菜の甘みが寒さによって蓄えられるという特性を知らなかったことである。
また、ベアトリクス・ハイランドはてん菜の生産を必要以上に増やさなかった。家畜が減ったため飼料を減らし、他の作物の冷害や蝗害を警戒した保守的な生産体制を組むからである。
結果、聖都で流通する砂糖は極少数にとどまり、魅惑の嗜好品としてその価値を高めていくことになるのだが、それはもう少し先の話。




