冷める熱と冷めない熱
「すこし、話をしよう」
オレは鉄火組を集め、彼らと話をすることにした。全員はさすがに無理なのでガディルにリーダー各10人を選んでもらった。
「まず、この地で暮らしたいのか、冬を越したら帰りたいか、どちらだ?」
帰りたい派3、残る派5、無回答2。帰りたい派は家族がいるとのことだった。そして無回答に気持ちを聞いた。
「まだわからない……俺達はずっと、南の地を手に入れたくて戦ってきた。だが負けた、負けたのに南の地にいる。飯も寝床もある。不満はない……だがエセルの軟弱な教えに染まるつもりもない」
残る派も、多くがその意見に賛同した。
「なるほど……オレは別に、信仰を変えろと言うつもりはない。お前らが信じたいものを信じればいい」
「だがこの地で暮らすには、エセルの庇護が必要なのだろう?」
「エセル教が嫌いなのは毒と悪人であって、異民族じゃない。オレがいい例だ」
「……長はエセル教ではないのか?」
「エセル教でもないし、戦乙女も信仰していない。そもそもこの大陸の人間じゃないからな」
「では、なぜエインヘリアルと?」
「そう呼ばれるから、別に否定してないだけだ。悪魔や鬼と呼ばれることもある。実際、人じゃないしな」
オレは腕を切り裂いて、力を込めた。いつもの詠唱が頭に響き、傷は癒えた。
「おぉ……」
「大事なのは、人が信じてることを否定しない事だ。それができれば、今度は気持ちも理解できる」
「では、エセル教にならずともこの地で暮らせるのか?」
「それはお前たち次第だ。言葉を覚え、エセルの教えを少しでいいから理解しろ。別に信じる必要はないが、否定はするな。それがこの地で暮らす最低条件だ」
「……もう一つ、聞きたい」
「なんだ?」
「ミラ様は、戦乙女ではないのか?」
「それはお前らがどう思うかだ。そもそも戦乙女はヴァルハラにいるんだろう? ヴァルハラじゃどうか知らんが、現世じゃ彼女は人間でエセル教の治癒師だ」
「……」
「彼女が治癒したのは、お前らが毒を使わずに戦った戦士達だからだ。だからといってエセルの治癒師が全員そうするわけじゃない、それはミラさんの慈悲だ」
「……」
「失望したか?」
「いや、むしろ歯車がかみ合った。俺もこの地で暮らしたい」
「そうか、まぁ最終的な答えは春になってからでいい。エセルの教えを学ぶ気があるなら、今度アリエス神父を連れてこよう」
彼らは、それを受け入れた。戦乙女の信仰がなければ反発も出るかも知れないが……オレもミラさんも、彼らの信仰を完全に受け止める事はできないだろう。だからこれは、必要な話だった。
――
鉄火組と話をしてから、彼らは大人しくなった。なんというか、火のついた戦士が日常に帰ってきたような落ち着き方だ。
仕事をしながら談笑し、からかい、酒が飲みたいと愚痴をいい、喧嘩もして、飯をうまそうに食った。
ミラさんは今も戦乙女と呼ばれている。戦乙女は現世に人の姿で降り立つらしく、むしろ信奉者が増えてる気がする。
たまにアリエス神父がきて、ガディルと一緒に青空教会を開く。正直、日ノ本一家の最初のころよりよっぽど扱いが楽だ。元々彼らが悪人ではないからだろう。
そんな彼らの様子を見るメイドの目も、少し優しくなった。時々女衆を連れて労いに来て、彼らの発した『ありがとう』と言う言葉に驚き、少しだけ笑った。
――
「カケルさん! できましたよ!」
興奮したドリが新型ミキサーを持ってきた。
「おぉ、ついにできたか」
「えぇ、この容器に水を入れて温めると……」
――カション、カション、カション
「おぉ、蒸気機関っぽい歯車の回転だ!」
元手回し水車のところが歯車になっていて、ミキサーが回り始める。
「これでナノセルロースも作り放題ですね!」
「大根おろしな。でもすごいぞ。これを鍛冶屋にみせて、色々作ってもらおうか」
「はい、もっと大きいのも欲しいですね」
――カショカショカショカショ
「ドリ、そろそろ止めたほうがよくないか?」
「……すいません、停止機構作ってないです」
――カショショショショショ
「とりあえず火を落とせ! 圧力が高まりすぎるとマズイ!」
「は、はい!」
――カショショショショ……バシュン!
「うお!」「うわぁ!」
ミキサーの回転刃が恐ろしい勢いで壁に飛んでいった……
「ドリ、蒸気ミキサーは、やめよう」
「そうですね……安全機構、考えます」
そうか、蒸気機関って、止めるの大変なのか……。
オレは圧力が高まりすぎると破裂すること、停止させるには蒸気を逃がす機構が必要なこと、歯車以外にも蒸気や熱に注意が必要なことを伝えた。
「あとは停止用の冷却水とかかな……」
「カケル、さっきの音なに?」
実験室にビィがやってきた。そういえば、この世界には科学の他に魔法もある。
「ドリ、手っ取り早い安全装置がいたぞ」
「いや、べべ様が冷やしたら温度差ですぐ鉄が割れますよ」
それもそうだ。でも魔法なら……もう少し簡単に蒸気機関を使いやすくできるかも知れない。
そして魔法を使うことが前提なら、エセルの支配者層も受け入れやすい。そこから先は自然に改良が進むだろう。
「いいぞ! 道が見えてきた!」
「そんなことよりカケル、なんで壁に刃物が刺さってるの?」
「……ごめん、実験してたら飛んでった」
その日のビィは、ちょっと怖かった。




