蒸気機関
「カケルさん、それなんですか?」
一瞬、見られたことに危機感を抱いたが、新しいおもちゃを見つけた少年みたいな顔つきのドリを見て、そんな気は無くなった。
「これか、ドリは何だと思う?」
「ううん……素材は鉄で、水車や風車の機構の一部でしょうか」
クルクルと歯車を回し、シャコシャコとピストンを上下させる。
「半分は正解だ。このパーツで大事なのは、歯車が機構を動かすのではなく、ピストンが歯車を動かす点だ」
「なるほど……これを押し引きするんですね。鍛治の送風機のように上下させ、その風の力が歯車を動かすと」
「少し違うが、要点は抑えてる」
一を知れば十を知る。ドリのすごい所だな。
「何が違うんでしょうか?」
「そこから先が重要でな……フロストランドはそれを知って使ってるし、エセルもいつか気づくだろう。問題はエセルがそれを受け入れるかどうかだ」
「火の薬……ですか?」
「いいや、誰でも使える。だからこそ、きっと軋轢がうまれる。火の薬を火の魔法に例えるなら、これは誰にでも水と風の魔法が使えるようになる技術なんだ」
「そんなことが……」
「ドリ、オレはこの技術をエセルに伝えたい。そうしなければこの国はフロストランドに負けるだろう。協力してくれるか?」
「もちろんです! 答えを教えてください!」
そんなキラキラした目で見られると、教えないわけにもいかないなぁ。
「蒸気だ。水を沸騰させると気体になって質量が膨張する。その圧力でピストンを押し上げる……すると、歯車が半回転する」
「なるほど」
「鍛治の送風器は、引く時に空気を吸い込むだろう?」
「はい」
「これは逆で、引きたいところで空気を逃がし、反対側に送り込む。すると今度はピストンが押し戻され、歯車がもう半回転する」
「歯車が一周した……」
「蒸気の流れを圧力弁で安定化させ、ピストンの動きを歯車と一体化させる。すると歯車は回り続ける。これが蒸気機関だ」
「そんなことができたら、水車も風車も全部これで……」
「そうだ」
「だから、水と風の魔法なんですね」
蒸気機関そのものは兵器足りえない。だが原始的なものでも、水車と風車の力を凌駕するだろう。
「その上、蒸気機関は大きさも場所も選ばず、それらより力も強い。これが工業を発展させ、産業に革命を起こす」
「……カケルさんは、異世界人というより、未来人ですね」
「まぁ、その認識であってるよ」
「もっとすごい技術も知ってるんですか?」
「知ってるだけで再現できないが、すごいので言うと電気、光通信、人工宇宙衛星、それらの技術を駆使した世界情報通信網とかかな」
「そこまでいくと、未来人どころか宇宙人ですね」
「ある意味正しいかもしれん」
この世界、太陽の動きが東西逆だしな。オレは宇宙人だったのか。
「それで、これどうするんです?」
「この技術をエセルに伝える条件は二つ、貴族と教会の反発を防ぐことだ」
「教会は大丈夫だと思います」
「貴族の反発はあるか?」
「ボクは貴族じゃないのでそれはなんとも……ただ」
「ただ?」
「ウィンドミル商会は、危険視すると思います」
「火の次は風か……」
――
蒸気機関の再現はドリに任せた。仕組みは伝えたし、ドリなら間違いないだろう。
そして日ノ本一家に、ビィから戦後処理で抱えた問題の一つを相談された。
「庇護を希望する捕虜が多すぎるのよ」
通常、エセルは捕虜に最低限の治癒を施し、速やかに送り返す。奴隷も断罪もしないこの国では、そのまま残してもバニシュとなるだけだからだ。
エセルの教義を受け入れるなら、労苦を果たし国民権を得ることができる。普通、そんなことを希望する人間は多くない。
投降した兵は、今国に帰っても冬を越す食料が無く、せめて春まで労苦につかせてほしいと。これはわかる。
「ミラが彼らの真の戦乙女なんだって……」
死の淵から生還した戦士達は、ヴァルハラより自分達を呼び起こしたミラこそが、まさしく戦乙女なのだと思い込んだ。その誤解を訂正する間もなく、彼らの中でそれが真実となったらしい。
「で、今ミラさんと教会が困ってると……」
今なお治療を続け、これまでは間違いなく死んでいた兵がミラとアヴィとツクヨの力で生還した。生還しすぎてしまった。
「日ノ本一家には元フロストランド兵もいるし、バニシュの扱いにも慣れてはいるが……」
「少なめに見ても100人いるのよ……」
「ちょっと、荷が重いな」
「もちろんずっとじゃないし、正式な対応はエセルがするわ。私も協力するし……お願いできない?」
ビィにお願いされたら仕方ない。日ノ本一家北欧支部を作るしかないか。
「とりあえず、食う寝る所に住むところだな」
人は衣食足りて礼節を知る。仁義も教義も後回しだ。まずは……芋だな。




