残された遺産
「エルゥ……最早これまで。領民を連れて逃げろ」
「何を言うヴィーク! 私とて騎士だ! 主をおいて行けるものか!」
「ダメだ。此度の戦、ハイランドの負けだ。お前とベティがいれば、ハイランドは立て直せる」
「ヴィーク……」
「命令だ、エルフィン通信兵。凍えるノース山脈を下りてセイレムを駆け抜け、聖都へ庇護を求めよ」
「……我が主、ヴィクトリアス・ハイランドの御心のままに」
「さらばだエルゥ。美しき風の騎士よ」
――
「さぁ蛮族どもよ、好きなだけこの砦を荒らし、壊し、略奪するが良い。我が命と氷の剣にかけて、貴様ら一人残らず道連れとしてやろう!」
――
「……ヴィーク!」
「お、目が覚めたかエルゥ」
治癒も終わり、じきに目を覚ますだろうと、そばでりんごを切ってたらエルゥが起きた。
「ヴィーク! 関所はどうなった!?」
「寝ぼけてるのか? 関所はブレイが制圧して、全部焼いた。戦争は終わったよ」
「あ……カケルか。そうか、夢だったのか……」
「ヴィクトリアスさんの夢か?」
「……あぁ、関所が陥落した時の夢を見ていた」
「そうか。一人残って、関所を丸ごと氷漬けにしたんだってな」
「そうだ……私は、ヴィークを置いて逃げたんだ」
「逃げたんじゃなくて、聖都に走ったんだろ? それも傷だらけで昼夜問わず。だから聖都で何日も寝込んだって聞いたぞ」
「それはそうだが……私は……」
「エルゥが頑張ったから、ハイランドは無事で、関所も取り返せたんだ。きっとそれを信じてたんだよ。ほれ、リンゴ」
「うむ……なんだこの切り方は? まるでウサギだな」
「ウサギだからな」
「ふふ……カケルはいつも、何でもない顔で人の気持ちを楽にしてくれるな」
「そうか? まぁでも、オレもエルゥの言葉で楽になったよ」
「なんだ?」
「秘匿すべきと考えていたなら、それは罪ではないってやつ」
「教会で最初に教わるような教えだ、誰でも言えるさ」
「いや、教会で聞いてもダメだ。エルゥだから、楽になったんだよ」
「同じ言葉でもか」
「そうさ。同じ言葉でも、誰が言ったかの方が大事なんだよ。さぁ、起きたなら早く寝台をあけよう。まだまだケガ人はたくさんいるからな」
「……まだ体が動かん、肩を貸してくれ」
「しょうがないな、ほら。背中乗れよ」
「おぉ、背に乗せてくれるのか。最初の手合わせ以来だな」
「また馬扱いするなよ?」
「いいではないか……褒めているのだ」
「そういうとこなんだよなぁ……」
オレはエルゥをおんぶして、屋敷に戻った。
――
治癒院ではミラさんが魔石をバキバキ使って、ものすごい勢いでケガ人を治癒している。
捕虜も含めて重傷患者から問答無用で治癒していくもんだから、周りからは戦乙女だの聖女様だの呼ばれて、後光が差すような活躍をしている。正直、話かけれる雰囲気ではない。
ビィも同じく、治癒院で施しに忙しい。
「どうせ魔石を使うから、カケルは他のとこ手伝って来て」
と言われたので、オレはエルゥを屋敷に届けたあと、アヴィの様子を見に行った。
「今は抗生魔法水をたくさん作ってるので、ツクヨに持って行ってほしいのです」
ガチャガチャと新薬ミアズマ・ポーションをツクヨの薬局へ持っていく。裏でドクダミを栽培して漢方とかを民間に提供しはじめているのだ。
「お、いいとこに来たね。鎮痛と解熱の薬を作っといたから、治癒院に届けてやんな」
結局また治癒院に戻ると、今度はミラさんから捕虜の移送を頼まれた。お使いクエストが終わらない一日だった。
――
ようやく落ち着いた晩餐時、戦勝を祝って皆で乾杯した。ウィンドミル商会から購入した高級なワインとごちそうだ。ワインの味はよく分からないが多分うまいんだろう。
「まずはお疲れ様、エルゥ」
「うむ……最後が締まらなかったがな。関所も王国領とされてしまった」
「いいじゃない、そのほうが安心だわ」
ビィは遠くの領地より、ハイランドが平和なほうが嬉しいんだろう。
「それはそうだが……あそこにはヴィークが」
「そうそう、ブレイズから預かってるものがあるの」
ビィは柄に装飾のついた両手剣を、ちょっとよろめきながら取り出した。装飾の魔石は砕けている。
「これは……!」
「関所に飾ってあったんだって。フロストランドも、英霊には敬意を払うのね」
「そうか……やっと、帰ってこれたんだな」
エルゥは両手剣を愛おしそうに抱きかかえ、涙をこぼした。何となくそんな気はしてたけど、良い仲だったんだろうな。
「これでしばらくはハイランドも安泰ね! ウィンドミル商会がてん菜糖に興味があるらしくて、しばらくこっちでも商いしてくれるって」
「そういやそのウィンドミル商会って、どんな物取り扱ってるんだ?」
「基本は小麦粉ね。聖都周辺のあっちこっちに粉挽き所をもってて、その小麦で商いをしてる大商会よ。これでハイランドの小麦不足も解消ね!」
「あぁ、風車小屋で粉挽きしてるからウィンドミルってことか」
名前と実用性からしても風の一族っぽい。
「ミアズマ・ポーションも取り扱えるでしょうか?」
アヴィが結構大胆なことを言い出した。
「どうかしら……頼んではみるけど、もう表に出して大丈夫なの?」
「ツクヨが言うには、効能をギリギリまで弱めたものはもう大丈夫なのです。それでもミアズマに十分効くらしいので」
「結構すごい医療革命になるんじゃないか?」
効能を抑えてるとはいえ、抗生物質と同じなら結核や破傷風など、今まで治らなかった病気が治るかもしれない。
「アヴィの名前と製法だけは秘匿して、落ち着いたらお願いしたいのです」
「うん、わかったわ。アヴィは今後のために錬金術師を名乗るといいかもね」
「アヴィが、錬金術師ですか?」
「そうよ、誰よりも本を読んでて物知りで、薬も作れて、カケルもいる」
「いいじゃないか。魔女改め、錬金術師アヴィの誕生だな」
なんだか照れくさそうなアヴィを、ツクヨもドリも後押しした。ドリが製法をまとめた炭酸や石鹸、石灰もある。この国の錬金術師としては十分やっていけるだろう。
戦後処理はまだまだ大変そうだが、順調に明るい未来が見えてきた。ハイランドの成果はきっと、エセル全体に良い風を吹かせることだろう。
――
「残る問題は、この蒸気機関を公開するかどうかか……」
ピストン式の歯車を回す。シュコシュコとピストンが連動して動く。やはり間違いない。
下手に使えば火薬よりずっと影響力の大きな動力機構。これ一つで産業革命と工業革命が起きる。そしてフロストランドでは間違いなくもう起きている。
「カケルさん、それ……なんですか?」
背後から、ドリの声が聞こえた。




