時代の裂け目
「……目覚めたか。投降か、死か。選べ」
エルフィンはダグラスの大戦斧を受け、気絶していた近衛戦士に情けをかけた。
「そうか、俺は負けたか……辱めは受けん。殺せ」
「ならば良し。遺言を聞こう」
「……これは我ら戦士の最後の戦いだ。毒も鉛も使っていない」
「そうか……そのようだな。捕虜には慈悲を与えよう」
「そして、この戦いこそ、我らの最後の慈悲だ。もはや戦士の時代は終わる。貴様らも覚悟するがいい……」
「……何が言いたい?」
「鉛も火薬も、既に込められている。我らが負けた以上……もう……止まらない」
「要塞に、武装があるんだな?」
「おお……美しき戦乙女よ……いま、導きのままに」
朦朧としたハスカールは、縋るようにエルフィンに手を伸ばした。
「……安らかに眠れ、最後の戦士よ」
エルフィンはその男の手を握り、静かに祈りを捧げた。
――
「エルフィン様、親父殿より伝言です」
軍用ポーションの配給を受けているエルフィンがビクリと跳ねた。羽織を頭から被る片腕の爺さんが、いつの間にか真横にいた。
「あぁ……カケルの伝言か、なんだ?」
「敵は銃も大砲もまだ残っております故、拠点制圧には気をつけよと。先駆ける王国第三騎士団を危惧しております」
「わかった、私が伝えてこよう」
「お供いたします。これでも風の民ですので」
「う……うん」
ハンスの顔が怖くて、ちょっとヤダな。とエルフィンは思った。
――
「サー・ベイオウルフ。此度の助力、誠に感謝いたします」
「よい、それより直ちに関所を制圧する。ここより先は我が指揮のもと王国主導とする」
「それは……関所を王国領とするおつもりですか?」
「貴殿らだけで国境を守れぬことは此度の戦で明らかになった。この関所は王国領とする」
「……」
「不満か?」
「いえ、王国の導きに異存はございません。ただ、この地には我が叔父レオンハルト・ハイランドと従兄弟ヴィクトリアスが眠っております」
「英霊たちには経緯を払おう。採掘権まで奪いはせん。ここは一度焼き払い、鹵獲品は王国が持ち帰る」
「承知いたしました。正式な返答は我が主より後ほど」
サー・ベイオウルフは頷くと、後ろに控える商会に声をかけた。
「ウィンドミル、徴集兵を出せ」
「かしこまりました」
幌の荷台から、ぞろぞろと兵士が現れる。予備兵の備えもあったのか……敵わんな。エルフィンは嘆息した。
「サー・ベイオウルフ。拠点内にはまだ銃と大砲が残っております。どうか慎重に。我らの兵もまだ治癒が終わっておりません」
「貴殿らの仕事は終わった、下がっていろ」
「そういうわけには参りません! 奴らはまだ」
「クドい!」
一喝、これ以上は食い下がれない。エルフィンは歯噛みし、せめてもの矜持にすがった。
「承知いたしました。せめて私とブレイズだけでもお供いたします。何卒、我らの名誉の為に許可を……」
「良いだろう。騎士団の後ろにつけ。破城槌の準備ができ次第突入だ! 密集を避け、鋼鉄の盾を持たぬものは下がっていろ!」
今まで騎士団の被害を最小限に抑えていたサー・ベイオウルフは、人が変わったように関所に固執していた。エルフィンはその姿をみて、カケルの仮説が的を射すぎていたことを悟った。
――
関所の歪んだ門に向かい、破城槌が振り子の丸太を打ちつける。
――ゴォン……ゴォン……
通常であれば破城槌を止めるため、関所の塀から弓や油が振り注ぐだろう。しかし、既に塀は瓦礫の山と化し、止める兵もいなかった。
――ガコン
ついに閂は外れ、歪んだ門はギリギリと開かれた。
静かな攻城戦。サー・ベイオウルフは警戒していた。空城でもない限り、こんな攻城戦はいままで無かった。
「空城の計か。周囲に盾を構え、慎重に進め」
愚かなことだ。戦闘直後に拠点を空けた所で、のこのこと入り込む馬鹿がいるものか。鋼鉄製のタワーシールドを構えた騎士が慎重に進む。
――ジジジ……
「右奥だ! 水を放て!」
即座に二人の騎士が反応した。騎士が放つ水流は、その先にある大砲の導火線の火をギリギリで止めた。
「……間に合ったか。あの火砲には弾と火の薬が込められている。水浸しにして残りを探せ」
……的確だ。エルフィンもブレイズもその指揮に疑念を持った。カケルに教わったこと以上に、サー・ベイオウルフは大砲も火薬も把握している。にも関わらず、彼からは何の説明もなかった。
「大砲をご存じなのですか?」
既に萎縮しているエルフィンに代わり、ブレイズが尋ねた。
「貴殿らの戦いを観察していればこの程度のことはわかる」
嘘だ。ここに至るまで、大砲が導火線で発射される仕組みだとわかる要素はない。
破裂した大砲1門、瓦礫に潰された大砲2門、今しがた止めた1門……
「大砲はあと1門あるはずです、探しましょう」
各自が警戒しつつ、大砲を探し始める。やがて徴集兵の男が最後の大砲を発見し、弾が込められていないことを確認して鹵獲した。
男はさらに、傍にあった大樽を発見し、中を改めた。危険な攻城戦に臨む傭兵など、勝ち戦の略奪目当てだ。普段なら誰もその程度の行為を咎めようとはしない。だが、サー・ベイオウルフは違った。
「それに触れるな!」
「え……?」
傭兵は中がただの黒い粉であったことをただ残念がっていた。舞い散る粉と匂いに顔をしかめ、大人しく蓋を閉めようとした時、銃声が鳴った。
――
――キィィィィン
……何が起きた?
気がつくと、そこにいた誰もが吹き飛ばされ、無事だったものは耳がつぶれた。立っているものが何か叫んでいるが、その声が通らない。
黒煙と火が広がり、倒れ伏す兵士たちに向かって、銃を携えた最後のハスカール隊が姿を現した。




