開戦の黒煙
「まさか、父上自らいらっしゃるとは……」
サー・ベイオウルフを前に、ブレイズが萎縮している。すっかり立派な騎士になっていても、勘当された父親を前にしたらこうなるか。
「……卿は確か、ハイランドに仕える騎士だったな。卿に父と呼ばれる筋合いはない」
燃えるような赤褐色のタテガミ、まさに炎を体現したような王国第三騎士団団長は、冷たく言い放った。
「失礼いたしました……サー・ベイオウルフ」
「……卿の事は筆まめなハイランド女爵からよく聞いている。野盗を討伐したとか、ダンジョンを踏破したとか、蛇から守ってくれたとか、つまらぬ事をいちいち事細かにな」
「はっ……」
「故に、その立派な若人を騎士に引き立てるなら、伯としてベイオウルフの名を騙ることを許しただけだ」
「ベイオウルフを……騙るなど」
「別に構わんさ。我が愚息は放蕩者でな。今頃は己の力を過信して、どこぞの辺境で野垂れ死んでいることだろう。卿はその愚息の代わりにベイオウルフの名を響かせればいい」
「……」
「卿のような立派な騎士であれば、お父上も誇らしかろう。引き立てたハイランド女爵によく仕え、国境を守る剣となるがいい」
「は……はい! 必ずや、この剣に誓って!」
名門貴族ってのも大変だな。それとも火属性ってのはツンデレなのか。
「そんな事より、久々の戦だ……体が滾ってたまらん!」
「父……サー・ベイオウルフ、まさか御身自らご出陣を?」
「ふん、もうとっくに家督も爵位も譲っておる。こんな辺境に来たのは、我がいつ死んでも困らん爺だからだ」
「は、はぁ……」
「引退だの療養だの押し付ける聖都のぬるま湯に辟易しておった所よ! それにハイランドは飯はうまいし美人が多い! 嫁の目も届かんし良いことづくめだ! ガハハハ!」
「なんだ……変わってねぇなこのクソ親父……」
性格はともかく、王国騎士団が思ったよりやる気らしくて良かった。オレは彼らにピザを運びながら、小さく安堵した。
――
ウインドミル商会は既にローランドで糧食や人員を確保していたらしく、ハイランドでは特に取引もなく、挨拶だけ交わしてトレビュシェットの組み立て準備をはじめている。
前線ではエルフィンらが巡回し、ビィは領民に対するお触れを出した。予め通告は出していたので、多くの志願兵が集まった。
農民、樵、炭鉱夫、石切人、大工、ギルドマスター……みんな、戦士の顔をして、教会へ向かった。戦いの祈願と、遺言を遺しに。
アリエス神父は彼らのために、エセリエルが光り輝く剣を持ち、勇ましくも民とともに戦い、その傷のすべてを癒した逸話を話した。実に、エセリエルらしくない話だった。
――
大型の遠投投石機、トレビュシェットが組み上げられ、投げるための石が次々に運び込まれる。岩弾や散弾として使われるのだろう。
前には弓隊とダグラス率いる歩兵隊。右翼にブレイ率いる炎狼騎兵隊、左翼にエルゥ率いる風の弓騎隊。少し離れた所で戦場を見守る王国第三騎士団。
そしてオレとビィのハイランド本陣は、丘陵地を背にした高台から彼らの戦いを俯瞰する。
全ての準備が整うと、黒煙が立ち昇るノース山脈関所に向かって、トレビュシェット最初の一撃が放たれた。
――ギリ……ギリ……ギリ……バシュン!
あえて山肌を狙ったのだろうその投石は、すさまじい音と土埃をあげて、関所の近くにめりこんだ。
直ちに降伏し、立ち去れ。さもなくば、貴様らは全て残らず砕け散る。その最後通牒を携え、一人の伝令兵が関所に向かった。関所の兵と短く言葉を交わし、彼は戻った。
――来たりて取れ
この世界にも伝わる古の猛将の言葉を最後に、戦いの火蓋は切って落とされた。
――バシュン! バシュン! バシュン!
5台のトレビュシェットから次々に投石が放たれる。命中率は決して高くない。だが、それはいつまでも終わらない継続的打撃を関所に与えた。
壁は崩れ、門は曲がり、関所の奥に直接散弾が飛来する。フロストランドは何の手だても無く瓦礫の中に埋もれていく。やがて逃げるか突撃の選択を迫られるだろう。
誰もが……そう思っていた。
――ボオオォォン!!
あまりの轟音、未知の衝撃、関所の高所より放たれた巨大な黒い塊が飛来する。
誰も、その巨大な弾丸に反応できなかった。
――ゴォン
緩やかな放物線を描き、弾はトレビュシェットのそばに着弾した。岩を砕き、土にめり込み、黒煙をあげる巨大な穴が空いた。
周囲にいた守り手と装填手は血を流し倒れている。小さな石や土が、彼らの体にめり込んでいた。
「大砲だ……」
オレはその光景を目の当たりし、この戦争の行く末に寒気を感じていた。
――
「散開しろ! あの火砲が聞こえたら伏せるんだ!」
――ドン! ドン! ドン! ドン!
続く音は、連続で四回。球も四発。兵は悲鳴をあげて散開した。こちらに届かぬ手前に二発、トレビュシェット付近に一発、そしてもう一発がエルフィンの直上に迫っていた。
一瞬、彼女はそれをいつも通り風で流そうとして、その重さを思い出した。愛馬を捨てたくはない、それでも残して行くしかないと、鐙を蹴って転げるように跳んだ。
紙一重でそれを躱し、風を纏って衝撃を防ぐ。それでも体中に痛みが走った。目を開けると、愛馬が倒れ伏し黒玉が地面にめり込んでいた。
逃げようとする装填手にエルフィンは叫んだ。
「逃げるな! こんな金属の弾がそんなに用意できるはずがない! 撃ち続け、先にあの火砲を破壊するんだ!」
敵もトレビュシェットと同じような兵器がある。あれが何かはわからなくとも、エルフィンは直感的に理解していた。これはどちらが先に互いの兵器を破壊するかの耐久戦だと。
頬に刺さった石を引き抜きながら、エルフィンは替えの馬に向かった。どうやって、あの火砲と戦えばいいのか……震える指揮官、エルフィンはその震えを止めるため、馬を走らせた。
あの高台で、この戦いを見守る知恵者の言葉を聞くために。




