戦乱の炎を煽るもの
「フロストランドは、関所を拠点にして、火薬と銃を作って……」
オレは今、何を言った?
自分の仮説や思いつきで、とんでもないことをしてしまったんじゃないか?
「それが、奴らが昨年、我々の関所を奪った理由か」
今年になって急に出てきたフリントロック銃。今まさに関所に人を集め、銃を製造しているとしたら、放っておくわけにはいかない……でも、それを言ってしまったら。
「……奴らは食料を犠牲にして関所を要塞化し、そこに採掘場と鍛冶場を作り、銃を製造しているとしたら……時間をかけるほど、戦力差が広がっていく……」
誰か、否定してくれ。オレの勘違いだから、そんな無謀なことをするべきじゃないと! でないと……オレは……。
「ならば、こちらから攻めるしかないな」
戦争の引鉄を、引いてしまった。
「カケル、大丈夫? すごい汗よ……」
「待ってくれ、オレの勘違いかもしれない……そんな、早合点は」
「カケル、お前と言う奴は……」
エルゥが突然立ち上がり、ビィを押しのけてオレの顔を両手で掴んだ。
「素晴らしい! 素晴らしいぞカケル! あぁ、今すぐ裸になってお前を抱きしめたいぐらいだ!」
「わっ、わっ、なんだよ、やめろ!」
エルゥが顔中にキスしてくる、やめて、ほんとやめて。
「ビィ! エルゥを止めてくれ!」
「もうダメよ、エルゥったら。アハハハ!」
あ……だめだ、オレが馬に顔中舐められた時と同じ顔で笑ってる。
「なんなんだよ、一回落ち着けよ」
「これが落ち着いていられるか! お前は自分が今、何をしたのか理解っているのか?」
「それは……」
「理解っていない顔だな! そうだろうな、だからこそ恐ろしい! お前はまったく恐ろしい男だ!」
エルゥが片眉を大きく釣り上げ、まるで歴戦の将のようなしたり顔で両手を広げた。
「いいか、お前は国家が秘匿しようとする戦略目標を的確に看破し、その急所を明らかにしたのだ! それも、内と外の両方においてな!」
「いや……まだ確定したわけじゃないだろ」
「真偽などどうでもいい! 肝心なのはどう見えるかだ! その道筋に穴がなければ、それで十分!」
エルゥが高揚しながら服を脱ぎ、薄着一枚になってしまった。
「風が吹くぞ! 凍てつくノース山脈を溶かす熱い南風だ! ベティ! 聖都のベイオウルフとは文仲だったな?」
「えぇ、ブレイズを騎士に引き立てる前から良くお手紙をだしてるわ。素っ気ないけど返事は必ずくれるわよ」
ビィもメイドたちも何も気にしてない。エルゥが興奮するとこうなるのは日常らしい。
「ベイオウルフを通じて聖都宛に文を送るぞ、檄文は私が用意する!」
「聖都に援軍を頼むのか?」
「救援など不要! 奴らが自分から来るよう仕向けるのだ! 火薬もある、火種もある、導火線は繋がった! 火打石を打ち鳴らすのは我々だ!」
――ダンッ!
「この戦、ハイランドの一人勝ちだ!」
エルゥの振り下ろした腕が、食卓を大きく揺らした。
数日後、オレはこの風の騎士エルフィンが、かつて神話の時代、十二国を戦乱の渦に巻き込んだ、風の天使の血を引くものなのだと、深く思い知らされることになる。
――
『兼ねてより我等の怨敵たる北方の蛮族共に不穏な動きあり。略奪を企てしが、我等それを撃退せり。されどノース山脈の麓にて隊を組み築城の構えあり、連日黒き煙を観測せり。また、哨戒任務に於いてブレイズ・ベイオウルフ卿率いる部隊が未知の火砲にて襲撃されり』
――ペラリ
『これを持って奴輩めへの報復の火種とせり、我等の関所を取り戻すべく剣を研ぎ澄まし、国防に尽くす。果実の落ちる頃、我等国家存亡をかけた戦に挑まん。王国の導きあらばそれに従いしも、返答なくば是非もなし。我等この地を守る大アザミの花とならん』
――ペラリ
「……最近眼がかすんで仕方ない。水の姫や、ちょっと内容を教えてくれんか?」
「えぇ大司教様。北の国境にあるハイランド家が、フロストランドと再戦を構えるらしいですわ」
「なんじゃ……好きにやらせとけばええじゃろ」
「そういうわけにもいかないと、サー・ベイオウルフを通じて火の王にまで話が及んだのですよ」
「問題は文と共に送られた、火砲に打ち出されたと言う弾だ。鎧を貫き、臓腑まで達したらしい」
――コロン
「……なんじゃあ、鉛玉かい……奴らめ、毒と理解って使っとるんじゃなかろうな?」
「フロストランドは戦に酔いしれる火と鉄の国。鉛の毒性など重々承知でしょう」
「かっ! エセルの教えを理解せぬ蛮族どもめ。彼奴らがそれを使う以上、捕虜の治癒は無しじゃ。伊達にして膿んだ体で送り返してやれ」
「大司教殿、問題はそこではない。この鉛玉を打ち出した火砲の方だ」
「弩じゃないんか?」
「弩じゃ内臓まで届きません。火の薬ですよ。鉄の砲に詰め込んで、鉛玉を射出したんです」
「おぉ、風の子はよく知ってるのう、ほんに賢い子じゃ」
「いつまでも子ども扱いはやめてくださいよ……しかも、どうやら北の国はそれを大量生産しはじめているようです」
「火の薬ねぇ……昔おんしらが妙に嫌ってたが、それを敵が使って来てしもうたと」
「その上、ハイランドは火薬も銃もよく知らないで、無謀にも秋の終わりに攻城戦をはじめるそうです」
「……まずくないか?」
「だから我々が呼ばれたんですよ。大司教様」
「ハイランド女爵はもっと聡明な方だと思いましたけど……?」
「いずれにせよ放置はできん。このままハイランドが勝っても負けても、問題が起きる」
「勝ったら良いではないか」
「駄目だ。火薬と銃をハイランドが手にすることになる。奴らは昨年、王国の庇護が遅れたことを根に持っているだろう。余計な火種を抱えることになる」
「……おんしらは、なんでそう同じエセル国内でいがみ合うんじゃ。仲良うせいよ」
「それが神話の時代から抗えぬ、我ら人の業というものですわ」
「サー・ベイオウルフ。遠投投石機を預ける。王国第三騎士団を率いて、北の援護に迎え」
「はっ!」
「運び手は風に任す」
「お代をいただけるなら何処へでも。風と共に参りましょう」
「そんだけだすなら治癒師はいらんな? わしゃ承認だけでいいんじゃな?」
「はい。軍用ポーションだけは私たちと一緒に作りましょうね」
「おうおう、任せておけ。姫の分はわしが手ずから作ってやろう」
(謀だと思いますけど、わたくしの荘園に影響が無ければどうでもいいわ……あぁ、早く帰りたい)
――
数日後、王国保有トレビュシェット5台、王国第三騎士団100名、随行商隊ウィンドミル商会50名が、聖都を出立した。




