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抗生魔法水

「神聖教会治癒師、アビゲイル・レムリアが神に代わって、汝に治癒の奇跡を施します」


「……うぅ……うわぁぁぁぁあ!!」


「え……? そんな……!」


「アビゲイル! 何事だ!?」


「傷口が……膿んで膨らんでいる……」


「おぞましい闇のミアズマ……異端の力……呪殺の呪いだ!」


「ち……ちがう、アヴィは……」


 その日、何が起きたのか、アビゲイルは何もわからなかった。


 ――


「みろ、アレが呪殺の魔女だ」


「白い髪にあの紅い瞳……やっぱり異端の証だったんだわ」


 ――ガンガンガン!


「静粛に。セイレム評議会による魔女裁判の判決を下す。アビゲイル・レムリアを呪殺の魔女とみなし、治癒師の資格を剥奪の上、セイレム領よりバニシュとする!」


 その裁判結果を粛々と受け入れ、自分は一体何がいけなかったのだろうかと、アビゲイルは思った。


 ――


「あなたがアビゲイル? 遠戚の子とは聞いていたけど、ずいぶん幼いのね。ずっと妹が欲しかったからうれしいわ!」


「……アヴィはあなたより年上なのです」


「そうなの? でも私より小さいんだから妹であるべきよ」


「魔法の制御もろくにできないくせに……せめて魔女と呼ばれるくらいになってから言うのです」


「わかったわ! 魔女になったら私のこと、お姉ちゃんって呼んでね」


 その女の子はまるで、魔女と呼ばれることが名誉だと勘違いしてるのではないかと、アビゲイルは思った。


 ――


「うっ……!」


「アビゲイル? どうした?」


「お肉が……気持ち悪くて……」


「アヴィ、大丈夫?」


「肉に嫌な思い出でもあるのだろう。戦士にもたまにいる。どれ、オレが代わりに食ってやろう」


「あ、ずるいわヴィークお兄様!」


「なに、代わりにオレの果実をやろう。アビゲイル、好きなのを選べ」


「私の野菜もあげるわ、遠慮しないでね」


「こらベティ、自分が嫌いなものを渡そうとするな」


 貴族らしからぬ、のんきな家族だとアビゲイルは思った。


 ――


「お前がアビゲイルか。まるで巣穴からこちらをうかがう白兎のようだな」


「……エルフィンはなぜ、女なのに騎士を目指してるのですか?」


「それが私の意思だからだ。戦場を駆けめぐる風となりたい。それだけだ」


「風で女の騎士なんて、せいぜい通信兵でしょうに」


「通信兵、いいではないか!」


「……ただの使い走りでしょう?」


「何を言う。情報を制すものこそ、戦いを制するのだ。戦場を俯瞰し、いち早く情報を届ける通信兵こそ、戦争の立役者ではないか! ハッハッハ」


 騎士になるためわざわざハイランドに籍を移し、自ら通信兵を志願するなんて、わけのわからない女だと、アビゲイルは思った。


 ――


「フロストランドが大軍を率いて関所へ向かってきている。家のことは頼むぞ、二人とも」


「ヴィーク兄様、アヴィも連れて行ってください。アヴィは呪殺の魔女です」


「バカを言うな、お前の美しい肌に傷がついたらどうする。ベティのことを頼んだぞ、アヴィ」


「ヴィーク兄様……」


 殺すことしかできないのに、戦えもしない。領地のために、施しもできない。生きていても、子どもも宿せない。自分は一体、何のために生きてるのだろうかと、アビゲイルは思った。


 ずっとずっと、そう思っていた。


 ――


「アヴィ……いいの? 秘匿の義務を課せられているのでしょう?」


「大丈夫です。カケルもツクヨもエセル教とは無関係なのです。お姉様、施しの水をこちらへ」


 人払いした魔法研究用の一室で、オレたち四人はアヴィの魔法で抗生物質の代用ができないか研究をはじめた。


「魔法の水には、魔素が浸透すると言う特性があります。魔素は空気に触れると霧散するため、高価なガラス瓶で密封する必要があります」


 アヴィは棚から数本の細く小さなガラス瓶を取り出した。


「この特性を利用して、聖都で作られているのが治癒の水(ポーション)です」


 おお、ポーションあったのか。初めてみた。


「ガラス瓶は高価ですし、密封しても長持ちするものではありません。貴族の療養薬や錬金術師の治療薬として使われるのが一般的なのです」


「なるほど。教会にいかなくても治癒できるのが利点か。飲み薬なのか?」


「治癒と同じく怪我にかけるのが一般的な使い方ですが、病に対する飲み薬としても使われるのです」


「なるほど。それで今回は飲み薬を作ると」


「そうです。呪殺の魔法はどうしても威力が高く、制御も難しいのです。でもカケルの言う通り治癒と同じなら、効果の違うポーションが作れるはずです」


 アヴィは細い樫の棒を杖に見立てて、水をかき混ぜはじめた。


 ――生体(バイオテック)魔素変容(マナリリース)負相再生(デジェネレイト)開始(スタート)


 水が奇妙に暗く染まっていく。黒ではなく……光を阻害するような、不透過の暗さに。


「これが……呪殺の魔法そのままなら皮膚を溶かし、傷を膿ませる呪いの水となったはずです」


「なら、オレの体で試そう」


 オレは少量、暗い水を腕に垂らした。しばらくすると皮膚が溶け始めた。


「なるほど、効果は実証された。あとはどこまで制御できるかだな」


 アヴィが頷き、この暗黒水とでも呼ぶべきものから、抗生薬を生み出す実験が始まった。


 ――


「皮膚が溶けるのは強すぎるね。人体の弱い粘膜でも無事なくらいがいい。それと、即時効果より緩やかに長く効くほうがいいだろう。できるかい?」


 ツクヨからの要望、中々に条件が厳しそうだ。


「やってみるのです」


 ――生体(バイオテック)魔素変容(マナリリース)負相活性化(デアクティベイション)……


 詠唱がさっきと違う。方向性を変えたか……これだと多分、


「アヴィ、非活性化はまずい。免疫機能まで弱める可能性がある」


 アヴィは少し驚いたように目を丸くし、一呼吸おいて頷いた。


「……わかりました。治癒のみに集中します」


 ――生体(バイオテック)魔素変容(マナリリース)負相再生(デジェネレイト)開始(スタート)低下(デグレード)長期浸透ロングペネトレーション……


 長い詠唱だ。オレには工学用語に聞こえるが、アヴィは複雑な魔法詠唱を唱えているのだろう。


「ふぅ……」


 出来上がったものは、見た目はほとんど水のままだった。


「ツーちゃんの要望には応えたつもりですが、効能は使ってみないとわからないのです」


「任せときな」


 ツクヨはその水を指につけ、舌、眼にためらいなく試していく。自分の体で実験するのに慣れすぎだろ。人のこと言えないが。


「……眼に染みるぐらいか。これなら人体への影響は問題なさそうだ。あとはどれだけミアズマに効くかと、その使い方だね」


「使えそうですか……?」


「逆にもう少し強いのも用意してもらえるかい? 効能はあーしが丸薬にして抑えてやる。いい材料になりそうだ」


「それじゃあ……本当にアヴィの呪いが、ミアズマを倒す薬になるかもしれないのですね……」


 アヴィの眼が潤んでいる。彼女が感情を表に出すなんて、初めてのことだ。


「任せときな。薬師ってのは、毒も薬もまるっと含めて、その薬効を使いこなすのが生業よ。あたしはその点にかけちゃ超一流だ」


「ツーちゃん、どうかお願いします。カケルも……ありがとう」


 アヴィが堪えきれず涙をこぼし、その涙をビィが受け止めた。


「よかったわね、アヴィ。もうあなたは自分を責めなくていいの、誇っていいのよ……」


 アヴィは聡明で責任感の強い子だ。ずっと、その力を戒め、人に施せない事を嘆き、苦しんでいたのだろう。


 もしこのポーションが実用化すれば、病に対する決定的な対抗策となり、アヴィと同じ境遇の治癒師にも新たな道が拓けるだろう。


 抗生物質、麻酔薬、鎮痛剤。魔法の制御次第でどれも作れる可能性はある。医療に革命が起きる。オレの血なんて無くても、人が救える。


「アヴィ、色々試そう。オレは詠唱はわからないが、その言葉がもたらす作用の概念だけなら理解できる。きっと、力になれるはずだ」


 アルビノの少女は、信念を宿したその赤い瞳で、力強く頷いた。


「アヴィは、頑張ります」


 ――


 数日後、アヴィとツクヨの作った薬を飲んだトッドは寛解した。


 後に、エセル神聖国の教会理念と医療概念を根底から覆すことになる、抗生魔法水の誕生秘話であった。



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