聖女の誕生
「私はミラ、ただのミラ。奇跡を授かった者として、その責務を果たしましょう」
シスターの衣を脱ぎさり、短く切り揃えられた金髪がさらりと露わになる。ミラは凛と立ち、真っ直ぐな眼で宣言した。
「……危険な施術になります。カケルさん、三天使のお力をお借りしたいので、火と水の力を持つ方……それとエルフィン様を呼んでいただけますか?」
「わかりました!」
ミラさんはツクヨから引き継ぎを受けながら怪我を診はじめ、オレはエルゥ、ビィ、ブレイを呼んだ。
「たんに怪我を塞ぐだけじゃダメだよ、出血を抑えながら鉛玉を取り出して、壊れた内臓が治らないとダメだ」
「それと手を清め、ミアズマの侵入を防ぐ。ですね? 全て承知しています」
ツクヨが必要な施術を伝え、ミラはまず準備に取り掛かった。
「清らかな水と、清らかな火をここへ。エルフィン様、ミアズマを防ぐために、風を押し留めていただけますか?」
「いいだろう。どこを留めればいい?」
「怪我の部位に集中して、可能であれば血も押し留めてください」
「……狭いな、ほとんど結界の領域だ。アヴィ、杖を借りるぞ」
エルフィンが珍しく、杖を持って詠唱しはじめた。やはり詠唱は聞き取れなかった。
「……なにも変わらない様に見えるが」
「風を固めているのだ。集中してるから黙ってみていろ」
ミラが怪我に手を伸ばし感触を確かめるように空気を撫でた。動きからするに水のような空気の層ができているらしい。
ツクヨがビィの水に石灰を溶かし、ブレイが小刀を熱した。ミラは布をマスクにして手を清めた。
「……それでは、治癒師ミラが神に代わって汝に治癒の奇跡を授けます」
ミラの宣言とともに、長い施術が始まった。
――
「まず傷を開きます。ツクヨさん、私の手が届くように補助をお願いします」
「あいよ」
ツクヨが執刀し、患部を切り開く。血が流れ出すが、傷口の周りでぷるぷると留まっている。
――生体魔素変容、正相再生開始
まただ、また聞こえた。
ミラの手がわずかな光を帯び、その手をそっと患部に挿し込む。トッドの体がビクンと跳ねるも、ミラは躊躇なく、深くまで両の手を入れた。
「……見えました。摘出します」
――ズッ……
ミラがゆっくりと右手を引き抜くと、その指先に血で染まった鉛の塊があった。血が噴き出すも、空気の層がそれを押し留め、やがてミラの左手が出血を止めた。
カラン、とその異物が小皿に落ちる。
「内部洗浄後、治癒に移ります」
ツクヨが傷を洗うと、ミラは再度右手を患部深くに差し込んだ。
――生体魔素変容、正相再生、向上、先端、収束……
まるで工学用語だ。精霊言語のバグとは思えない。もしかしてオレは、魔法の概念を理解し始めているのか?
ミラが集中すると傷口から溢れるほど光が増し、内部からゆっくりと治癒を開始した。
いままでの外から浸透させるような治癒とは全く違う……完璧な外科手術だった。
――ポタリ
ミラの額から汗の雫が流れ落ちる。相当集中しているのだろう。ツクヨがそっと、その汗を拭った。
「焦るんじゃないよ……内蔵が癒着しないよう、血管は血管と、神経は神経とつながるように塞ぐんだ」
こくりと、ミラが頷く。
「ミラ……魔石を」
ビィがミラの魔力枯渇を心配して魔石を取り出した。
「ありがとうございます……でも、大丈夫。私は今、かつてないほど効率的に魔力を使えています」
ミラはゆっくりと傷口から手を抜き、傷口を強く押し込んで血を抜いた。最後にツゥ……と細い指先が傷口を撫でると、傷は完全に塞がっていた。
「……治癒、完了です」
安堵とともに訪れる静かな沈黙。誰もが、その光景に圧倒されていた。
――パチ……パチパチパチパチ
誰ともつかず喝采が起きはじめた。
「……たいしたもんだ。それにしてもその光便利だねぇ。治癒を使うと光るのかい?」
「いえ、治癒師はみな、魔力に応じて光らせるように訓練しています」
「はん……そうやって魔力を計ってんのか。なるほどね」
「それもありますが……光ってると神秘的でしょう?」
「……はん?」
「……内緒ですよ」
ミラが微笑み、ツクヨが笑った。いいタマになったじゃないかと、二人は互いを労いあった。
くらり、と地味に大変だったエルフィンが魔力枯渇で倒れかけていたので、オレはその身を支えた。
――
「ミラさんありがとうございます。……素晴らしい施術でした」
「いえ、私などまだまだ未熟です」
颯爽とその場を後にしようとしたミラを追いかけ、オレは彼女に礼を伝えた。
彼女が治癒してくれたことの重さは分からないが……間違いなく問題になるだろう。
「謙遜なさらないでください……どれだけ感謝しても足りないぐらいです」
「謙遜ではありません。これは確信です」
「確信……?」
「ええ、私はもっと上を目指せる。もっと大勢を救う事ができる。もうこの手が誰の命も取りこぼさないよう、私は精進しつづけます」
……すごいな。自分に厳しい人だとは思っていたが、知識と技術はここまで人を変えるのか。
「それを教えてくれたのは……カケルさんですよ?」
「オレが? とんでもない、ミラさん自身の力です」
「いいえ……あなたがいなければ私は無知なまま……自分が無知であることも知らずただ教えを盲信していたでしょう」
そっと、ミラの手がオレの手を握った。
「でもあなたが教えてくれた。導いてくれた。……そして、絶望の淵に立つ私を、この手で救いあげてくれた」
「ミラさん……」
「だから感謝するのは私の方です。どうか……これからも私を導いてください」
風が、にこりと微笑む彼女の金髪をさらりと撫でた。
――
「……やっぱり、ミラが一番危険だわ」
広大なるハイランドを統べるベアトリクス・ハイランドは、窓越しに二人の姿をながめ歯噛みしていた。
「同感だね……男ってのはああいう女にすーぐコロッといっちまうんだ。清楚なふりして、全部わかってやってるよ」
「そうか? 別に子種など減るもんでもなし、好きなだけばら撒かせればよかろう」
「……あんたも大概、極端だねぇ」
「仕方ないのです。エルゥは人間と馬の区別がつかないのです」
「バカを言うな。ちゃんと区別している。馬のほうが強い」
「……それは区別と言わないのです」
その日、ミラはベアトリクスの危険人物リスト最上位にランクインした。
――
ミラの行動は波紋を起こし、その揺らぎは聖都まで波及し、この国に大きな変遷をもたらすだろう。後に戦場の女神、聖女ミラと呼ばれる彼女の、最初の奇跡であった。




