鳴り響く不協和音
大アザミの一件以来、フロストランドは堂々と関所周辺に斥候を出し始めた。それは哨戒であり、威嚇であり、挑発だった。
ビィは北の牧畜農家を避難させ、家畜の半分以上をローランドに売り払った。その資金は傭兵となり、馬となり、軍備に充当された。
「襲撃で死んだ牛が一頭いまして……ハラワタでいいんで、火消しの連中にも施してやっちゃくれませんか……?」
主人の言葉を了承したビィは、肉を騎士団に労いとして与え、残りを日ノ本一家に振る舞うよう伝えた。騎士団はホルモンどころかカルビもロースも残してくれた。みんな、骨までしゃぶり尽くして喜んでいた。
捕らえた兵は尋問され、騎士団の牢獄にいる。オレは彼らとも自動翻訳で話せるだろうが、尋問には参加していない。
「あんたは大人しく姉さんのそばで寝てな。あーしらはしょせん外様だ。軍に関わるべきじゃない。それでなくとも、あんたは向いてない」
ツクヨの言葉は最もだ。戦争は決して正義と悪の戦いではない。異なる秩序のぶつかり合いだ。その歴史も因縁も、俺は知らない。
正直に言えば、オレは知ろうとしていない。意識的な無関心。要するにこれはバニシュだ。
オレはバニシュを救おうとしながら、自らバニシュを肯定している。我ながら、矛盾だらけだ。
それでも、オレは彼らを区別し、敵という記号で対峙しなければならない。自分の心を守り、いざと言う時に大切な人を守るため。
……悪しきを見ないと言ったエセリエルも、こんな気持ちだったのだろうか。
――ガォォン……
!?
北方から響き渡る爆発音、魔法ではない、ブレイご自慢の一撃でもあんな音はしない。あれは、あの音は……。
「何があった!?」
哨戒から戻った炎狼隊が、刀組の一人を抱えている。荒くれ者で力自慢のトッドだ。
「……棘に掛かった敵の斥候をトッドが捕らえようとして、火薬弾で撃たれた、初めて見る形だ」
ブレイの言葉にオレは戦慄した。火薬があるのは知っていたが、銃はないと思い込んでいた。
「フリントロック!? 拳銃ってことか!?」
「ピス……? なんだ?」
自動翻訳が伝じてない、概念が一足飛びだ。エセルにはやはり銃がないのか?
「通じたら教えてくれ、銃で撃たれたんだな? 火縄銃でも、マスケット銃でもなく、フリントロック銃なんだな?」
「銃……銃というのかアレは。俺が聞き取れたのは、フリントロック銃だけだ。どう言う武器なんだ?」
「鉄や鉛の弾を銃身に込めて、火薬で飛ばす武器だ……トッドはどこを撃たれた? 弾は貫通したのか?」
「わき腹だ。弾は一発、貫通していない」
……なんてことだ。
「……わかった、とにかく治癒院に連れて行こう」
オレはブレイに代わってトッドを担ぎ上げた。
「いいのか……? こいつは、バニシュなんだろう?」
「それでもだ」
オレが知識を伝えていれば、この国にも銃が準備できていたはず。フロストランドは既にフリントロックまで開発している……オレは、間違っていたのか……?
――
「申し訳ありませんが、バニシュは治癒できません」
神父アリエスは無感情に答えた。
「トッドは軍の斥候任務に同行して敵軍に撃たれたんです! それでもだめなんですか!?」
「教会の認める労苦に就く者なら、施しもできます。しかし彼はそうではありません」
「……お願いします、アリエス神父」
「……わかって下さい。これはこの国の最も深い所にある法なのです。教会がバニシュに庇護を与えてしまえば、国の秩序を乱します。人々は庇護を失わないよう、日々善良に生き、秩序を守っているのです」
「……わかりました」
「せめてその者に神の導きがあらん事を……」
――
オレはトッドを連れて離れに帰った。止血帯からは血がべったりとにじんでいた。
「ツクヨ、いるか!?」
「いるよ、話は聞いてる。火縄で撃たれたんだろう」
「知ってるんだな。助けられるか?」
「……そこに寝かせな」
ツクヨが答えない。こいつはこういう時、気休めは絶対に言わない。
「……内臓までとどいてる。恐らく、鉛玉だ。あたしの手には負えない」
「オレの血は使えないか?」
ツクヨが首を降る。
「あんたの血は、怪我には使えない。飲ませても出血がひどくなるだけだ。傷口から血をまぜると余計にまずい。血が喧嘩しはじめる。あたしの体で実証済みだ」
血液型の問題か? ……いや、オレはO型だ。単に、オレが異物なんだ。
「親父……姉御……おらぁ、死ぬのか……?」
「トッド、大丈夫だからしゃべるな、傷が開く」
「いや……もうダメだ、自分で……わかる」
「……」
「俺は、人殺しだ。……生きてくために、何人も殺した。路傍でくたばるか、海でドザエモンになるのが当然な悪党だ」
トッドは元野盗の頭格だ。相応に悪いこともしてきたのだろう。
「それが……こうやって、家族に囲まれていけるんだ……上等……上等すぎる……」
「トッド……」
「……なんならもう、一思いにやってくれ……家族に迷惑は、かけたくねぇ」
「そんなこと言うな。……ツクヨ、一か八か弾を抜こう」
「……余計に、苦しませるだけかも知れないよ?」
――カツン
「でしたら、アヴィが施しましょう」
そばで見ていた白杖の少女が、立ち上がった。
「トッド、念の為確認です。最期に言い残すことはありますか?」
「……アビ様、大丈夫です。もう、十分でさぁ」
「では、呪殺の魔女アビゲイル・ハイランドが汝に安らぎを与えましょう」
「アヴィ、まさか!」
――生体魔素変容……負相活性化……
なんだ? いつも聞き取れない詠唱が、妙に機械じみた音で聞こえる……。
アヴィの杖の先に黒い球体が現れ、その影のような光がトッドを包んでいく。これが、アヴィの魔法……。
「……ぁ……」
抜けるような声を最後に、トッドは目を閉じた。
「トッド!」
……眠るように安らかに……あ、死んでない、寝てるだけだ。
「アヴィ、いまのは?」
「深い眠りに誘う、ゆるやかな呪殺の魔法を使ったのです。稀にこれだけでも死ぬので、あらかじめ遺言を聞いたのです」
「よかった……」
アヴィが安楽死させたのかと思った。けど、事態は変わっていない。
「ツクヨ、今のうちに施術の準備をしよう」
「それには及びません」
入り口の方から声がかかった。この声は、瀟洒で落ち着いた、この聞き慣れた声は……。
「……ミラさん、来てくれたんですね……」
やばい、泣きそうだ。
「私は、ただのミラとしてここに来ました。その方がどこのどなたかは存じませんが、私は治癒の奇跡を授かった者として、その務めを果たしましょう」
凛と立つその姿は、以前よりもずっと、強く美しかった。




