表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/61

鳴り響く不協和音

 大アザミの一件以来、フロストランドは堂々と関所周辺に斥候を出し始めた。それは哨戒であり、威嚇であり、挑発だった。


 ビィは北の牧畜農家を避難させ、家畜の半分以上をローランドに売り払った。その資金は傭兵となり、馬となり、軍備に充当された。


「襲撃で死んだ牛が一頭いまして……ハラワタでいいんで、火消しの連中にも施してやっちゃくれませんか……?」


 主人の言葉を了承したビィは、肉を騎士団に労いとして与え、残りを日ノ本一家に振る舞うよう伝えた。騎士団はホルモンどころかカルビもロースも残してくれた。みんな、骨までしゃぶり尽くして喜んでいた。


 捕らえた兵は尋問され、騎士団の牢獄にいる。オレは彼らとも自動翻訳で話せるだろうが、尋問には参加していない。


「あんたは大人しく姉さんのそばで寝てな。あーしらはしょせん外様だ。軍に関わるべきじゃない。それでなくとも、あんたは向いてない」


 ツクヨの言葉は最もだ。戦争は決して正義と悪の戦いではない。異なる秩序のぶつかり合いだ。その歴史も因縁も、俺は知らない。


 正直に言えば、オレは知ろうとしていない。意識的な無関心。要するにこれはバニシュだ。


 オレはバニシュを救おうとしながら、自らバニシュを肯定している。我ながら、矛盾だらけだ。


 それでも、オレは彼らを区別し、敵という記号で対峙しなければならない。自分の心を守り、いざと言う時に大切な人を守るため。


 ……悪しきを見ないと言ったエセリエルも、こんな気持ちだったのだろうか。


 ――ガォォン……


 !?


 北方から響き渡る爆発音、魔法ではない、ブレイご自慢の一撃でもあんな音はしない。あれは、あの音は……。


「何があった!?」


 哨戒から戻った炎狼隊が、刀組の一人を抱えている。荒くれ者で力自慢のトッドだ。


「……棘に掛かった敵の斥候をトッドが捕らえようとして、火薬弾(フリントロック銃)で撃たれた、初めて見る形だ」


 ブレイの言葉にオレは戦慄した。火薬があるのは知っていたが、銃はないと思い込んでいた。


「フリントロック!? 拳銃(ピストル)ってことか!?」


「ピス……? なんだ?」 


 自動翻訳が伝じてない、概念が一足飛びだ。エセルにはやはり銃がないのか?


「通じたら教えてくれ、銃で撃たれたんだな? 火縄銃でも、マスケット銃でもなく、フリントロック銃なんだな?」


「銃……銃というのかアレは。俺が聞き取れたのは、フリントロック銃だけだ。どう言う武器なんだ?」


「鉄や鉛の弾を銃身に込めて、火薬で飛ばす武器だ……トッドはどこを撃たれた? 弾は貫通したのか?」


「わき腹だ。弾は一発、貫通していない」


 ……なんてことだ。


「……わかった、とにかく治癒院に連れて行こう」


 オレはブレイに代わってトッドを担ぎ上げた。


「いいのか……? こいつは、バニシュなんだろう?」


「それでもだ」


 オレが知識を伝えていれば、この国にも銃が準備できていたはず。フロストランドは既にフリントロックまで開発している……オレは、間違っていたのか……?


 ――


「申し訳ありませんが、バニシュは治癒できません」


 神父アリエスは無感情に答えた。


「トッドは軍の斥候任務に同行して敵軍に撃たれたんです! それでもだめなんですか!?」


「教会の認める労苦に就く者なら、施しもできます。しかし彼はそうではありません」


「……お願いします、アリエス神父」


「……わかって下さい。これはこの国の最も深い所にある法なのです。教会がバニシュに庇護を与えてしまえば、国の秩序を乱します。人々は庇護を失わないよう、日々善良に生き、秩序を守っているのです」


「……わかりました」


「せめてその者に神の導きがあらん事を……」


 ――


 オレはトッドを連れて離れに帰った。止血帯からは血がべったりとにじんでいた。


「ツクヨ、いるか!?」


「いるよ、話は聞いてる。火縄で撃たれたんだろう」


「知ってるんだな。助けられるか?」


「……そこに寝かせな」


 ツクヨが答えない。こいつはこういう時、気休めは絶対に言わない。


「……内臓までとどいてる。恐らく、鉛玉だ。あたしの手には負えない」


「オレの血は使えないか?」


 ツクヨが首を降る。


「あんたの血は、怪我には使えない。飲ませても出血がひどくなるだけだ。傷口から血をまぜると余計にまずい。血が喧嘩しはじめる。あたしの体で実証済みだ」


 血液型の問題か? ……いや、オレはO型だ。単に、オレが異物なんだ。


「親父……姉御……おらぁ、死ぬのか……?」


「トッド、大丈夫だからしゃべるな、傷が開く」


「いや……もうダメだ、自分で……わかる」


「……」


「俺は、人殺しだ。……生きてくために、何人も殺した。路傍でくたばるか、海でドザエモンになるのが当然な悪党だ」


 トッドは元野盗の頭格(ボス)だ。相応に悪いこともしてきたのだろう。


「それが……こうやって、家族に囲まれていけるんだ……上等……上等すぎる……」


「トッド……」


「……なんならもう、一思いにやってくれ……家族に迷惑は、かけたくねぇ」


「そんなこと言うな。……ツクヨ、一か八か弾を抜こう」


「……余計に、苦しませるだけかも知れないよ?」


 ――カツン


「でしたら、アヴィが施しましょう」


 そばで見ていた白杖の少女が、立ち上がった。


「トッド、念の為確認です。最期に言い残すことはありますか?」


「……アビ様、大丈夫です。もう、十分でさぁ」


「では、呪殺の魔女アビゲイル・ハイランドが汝に安らぎを与えましょう」


「アヴィ、まさか!」


 ――生体(バイオテック)魔素変容(マナリリース)……負相活性化(デアクティベイション)……


 なんだ? いつも聞き取れない詠唱が、妙に機械じみた音で聞こえる……。


 アヴィの杖の先に黒い球体が現れ、その影のような光がトッドを包んでいく。これが、アヴィの魔法……。


「……ぁ……」


 抜けるような声を最後に、トッドは目を閉じた。


「トッド!」


 ……眠るように安らかに……あ、死んでない、寝てるだけだ。


「アヴィ、いまのは?」


「深い眠りに誘う、ゆるやかな呪殺の魔法を使ったのです。稀にこれだけでも死ぬので、あらかじめ遺言を聞いたのです」


「よかった……」


 アヴィが安楽死させたのかと思った。けど、事態は変わっていない。


「ツクヨ、今のうちに施術の準備をしよう」


「それには及びません」


 入り口の方から声がかかった。この声は、瀟洒で落ち着いた、この聞き慣れた声は……。


「……ミラさん、来てくれたんですね……」


 やばい、泣きそうだ。


「私は、ただのミラとしてここに来ました。その方がどこのどなたかは存じませんが、私は治癒の奇跡を授かった者として、その務めを果たしましょう」


 凛と立つその姿は、以前よりもずっと、強く美しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ