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大アザミの報せ

 秋の収穫期、寒冷地にしては豊かな実りが、その地の人々に心の安息をもたらしていた。


 他方、その実りは招かれざるものも呼び寄せる。害獣ではない、イナゴでもない。北方から忍び寄る、フロストランドの斥候軍であった。


 彼らは最初の獲物に、北の放牧地の家畜を選んだ。よく肥えた羊や牛は、凍える大地にも食と衣服をもたらし、これからこの地を蹂躙する軍隊の糧食となるだろう。


 軍であれ、30名程度の少数でやることは野盗と大差はない。ただ敵国に対する戦略行動であると、己を正当化しながら、夜半かすかな火を頼りに忍び寄った。


「……い、いてっ!」


 草木を分け進んでいる男が一人、声をあげた。棘だらけの草が、足にからみついていたのだ。それは大アザミの花(アーティチョーク)。かつてカケルが仕入れ、不要になった種。


 彼とその主、ベアトリクス・ハイランドはその種を牧畜農家に施した。主人はその種を、自らの土地の周囲にばらまいた。咲けばよし、咲かぬもよし。ただその芽が延びるだけで天然の茨柵を形成する、厳しい土地に生きる者たちのしたたかな知恵であった。


 男の小さな声は、牧羊犬を起こした。牧羊犬の吠えは主人を起こした。主人は北に松明の明かりを見つけた。南ならいつもの火消し組だろう。だが北は違う。襲撃だ。


 ――全く、不愉快な奴らだ。


 主人はずっとそう思っていた。領民の多くは同じ。すねに傷を持つよそ者が我が物顔で町を歩き、夜ごとカンカン『火の用心』などと大声で喚き回る。いつか奴らが悪さしたらすぐに騎士さまに直訴しようと思っていた。


 だが今はそれが頼りだった。主人は南の篝火を目指して走った。奴らはきっといるはずだ。


「た、助けてくれ! うちに、何か来る!」


 そこには、若い火消し組の男がいた。不審火を知らせると、男は笛を鳴らし、集まり、散開した。現場を確認し、民家を巡り、刀組を呼び、騎士に知らせた。あまりも迅速な対応はフロストランド斥候軍の警戒速度を遥かに上回っていた。


 ――カンカンカンカンカン!


 屋敷の高台より、警鐘が鳴り響く。すぐさま騎士が出陣した。第一陣、ハイランドに仕える炎剣の騎士、ブレイズ・ベイオウルフ率いる炎狼隊が走りだした。彼らの進む道を、火消し隊が照らしていた。


 フロストランド斥候軍は躊躇していた。いざ家屋に入り込めば、家畜を残したまま住民は不在。隊長は危機感を抱いてはいたものの、目的の家畜を放置するわけにもいかない。荷台に家畜を移していると、警鐘が鳴り響いた。


「バカな……早すぎる……」


 作戦目的は戦いではない。担げるだけの家畜を担ぎ、斥候軍は逃げ出した。その足に、荷車に、長い大アザミのツルと棘が絡みついていた。


「くそっ! なんだこの茨は!」


 炎狼隊はあえて現地に向かわず、北の関所に先行した。彼らの逃げ道、あるいは本隊の有無を確認するため。先行した北道に敵の影はなかった。この道に敵が確認できないなら、敵は歩兵混じりの少隊だろう。ブレイズは先行した先の枯れ草に火をばらまいた。


「隊長……あちこちから火が……」


 斥候軍は焦った。南から追い立てるようにどんどんと松明に照らされていき、大アザミに絡まれた家畜達が暴れている。無理やりにでも先へ進もうと丘陵地を抜けると、すでに退路は炎に巻かれ、その炎を背にした騎士がこちらを見据えていた。


「フロストランドの兵と見受けるが、相違ないか! 即答せねば野盗とみなし、この場で斬る! 返答や如何に!」


 正直に答えれば開戦、黙って殺されても身分を晒され開戦、ならばこの場の答えは一つ。


「騎士殿、誤解です。これには浅からぬ事情がありまして……」


 斥候軍の隊長は斧を背に騎士に近づき、奇襲をかけた。


 ――ブォン!


 フロストランド得意の斧投げ(フランカスロウ)。炎がどうした! 中距離で斧をぶちかませば年若い騎士なぞものの数ではない。隊長はすかさず次の斧を構え前に走りだした。


 ――ガキン!


 騎士は慣れていた。ダグラスの戦斧に比べれば手斧など軽いものだと。闇夜に飛来する手斧に怯みもせず柄で弾き、続く第二激を鋭い刺突で制した。その切っ先に炎が集束する。


「我が剣は炎にして道標、汝に焔の裁きを与えん!」


「……ぐあああ、あああああ!!!」


 炎剣はその切っ先から炎を噴き出し、隊長の全身を焼いた。潤沢な魔石が、若い騎士を熟練の魔法剣士と並び立てていた。


「フロストランド軍の越境と戦闘行為を確認! ハイランドの名において、何人も生かして帰すな!」


 その日、フロストランド戦死者12名、捕虜5名。逃げ出した13名の残党は、朝日とともに風の騎士エルフィン率いる本隊に追われ、二日と経たず全員が処された。


 ――


「尋問した捕虜から、関所の敵数がわかった。常駐数50に加え、敵本隊が既にこちら向かっている。奴らはその先兵だ」


 エルゥが報告をあげる。いつか来るとは思っていたが、ついにその時が来たか……対フロストランド初戦はオレとビィがぐっすり寝てる間に全部終わったらしい。


 一応警鐘で起きはしたが、ツクヨが『いいから寝とけ』と言うので大人しく従った。先日家臣団にも心配かけたので、気を使われたのかも知れない。


「どうすればいい?」


「選択肢は二つだ。今すぐ全力を持って関所を落とすか、敵の襲撃から収穫を守り、その後に反撃するか」


 今すぐなら50名の関所……攻城戦は3倍の戦力が必要っていうから、必要な数は150以上……領民を連れていかないと足りないな。


「収穫を遅らせることはできないわ。まだ領民は戦わせられない」


 まぁ、ビィならそう言うだろう。


「少数精鋭で関所を落とすのはだめか?」


「あの関所はもともと、国境を守る砦としてハイランドが作ったものだ。南に対しては視野も広い。奇襲は難しいだろう」


「なら……守るしかないか」


「山脈を越えるような本隊の数は多くても300だ、今から援軍と傭兵を募れば十分間にあうだろう。……先兵を捕まえたブレイズ卿には騎士章を授与してやらねばな」


「お言葉ですがエルフィン卿、先兵を捕まえたのは、俺ではありません。アーティチョークです」


「……アーティチョーク?」


 にやりと笑うブレイズの言葉に、エルゥも、オレも、ビィも、キョトンとしたが、一拍の間を置いてエルゥが笑い始めた。


「ハッハッハ! そうか、そうか! では大アザミには紀章の栄誉を授けるとしよう!」


 快活に笑うエルゥの声が、屋敷中に響き渡った。

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