二人の夜
「それで、自覚症状は?」
夜、オレは改めてツクヨに腕を診てもらいながら、問診を受けた。
「曲がっちゃいるが指まで動く。神経は大丈夫だ。ただ……筋肉が戻らない。力を込めたときのままだ」
「はん……なるほどね。不可逆の再生……いや、元々欠損まで戻るんだ。あんたの異能は治癒を超えた肉体の再構築。やはり、あたしと同類だね」
「ツクヨの場合はどうなるんだ?」
「あたしは夜になると、体がリセットされる。少々の欠損ならそこで戻るが……体がぐちゃぐちゃになってどうしようも無い時は、タケノコみたいにどっかの土から新しい体が生えてくる」
「すごいな……生まれ変わるのか」
「あんたの場合どこまで戻るかわからないけど、あたしとの差は異能の発動条件と不可逆性だ。あたしはゼロに戻るが、あんたのそれは上書きだ」
「……一つ、聞きづらいことを聞いてもいいか?」
「いまさらだね。なんだい?」
「子どもは、産めるのか?」
「……積極的に試したこたぁないが……無理だろうね。生まれてこの方、宿したことは一度もない」
「そうか……」
――
「ビィ、今夜は二人きりで話がしたい」
オレは晩餐時、全員のいる場で言った。この国では、夜の誘いは周りにも伝わるようハッキリ言う方が良いとされる。その方がやましいことがない健全な関係だと伝わるからだ。
もちろん、言い方もある。この言い方は色気も何も無い、言いにくいことや、他人に聞かれたくない話、別れ話を想起させる伝え方だ。
「……わかった……待ってるわ」
ビィは落ち着いて応えた。みな、それについて何も言わなかった。
――
ビィの寝室へ行くと、湯浴みをすませた寝間着姿の、いつもよりずっと色っぽいビィが待っていた。
「それで、今夜はどんな話を聞かせてもらえるのかしら?」
ビィが笑顔で尋ねる。微笑んでいるが、笑っていない。
「オレがこの世界に来たときのことを覚えているか?」
「もちろんよ。もうすぐ……ちょうど一年になるわね」
「召喚されたとき、オレがどんな風に現れたか教えてくれ」
ビィが、考え込む。
「さぁ……無我夢中で魔法を唱えてたから、よく覚えてないわ」
嘘だ。魔力枯渇でも無い限り、ビィが魔法を使うときに集中を切らすなんてありえない。
「よく思い出してくれ、オレは、突然現れたのか? それとも、ゆっくりか?」
「……禁書庫にあった一番大きな魔石を触媒にして……そこから段々とあなたの体が構成されたわ」
「それが、このツノか」
「そう。それが、どうかしたの?」
「ツノが魔石だってこと、最初から知ってたんだな」
「まぁ……そうね」
「オレの体が、魔法物質だってことも」
魔法で起こる現象は、自然現象と区別しなければならない。これを教えてくれたのは、ビィだ。
「……そう、ね」
「見た目がどんなに人間に似ていても、オレは人間じゃない……」
「そんなこと気にしないで、魔法の水だって普通の水と何も変わらないわ。カケルだって……人間よ」
ビィが、オレの歪んだ腕にそっと触れた。
「傷痕のことを気にしてるの……? ハイランドに、戦士の傷を気にする女なんていないわ。勇敢なハイランダーの証だって、逆にみんな素敵に思うわよ」
「そうじゃない……ツクヨに聞いたんだ。オレは多分……」
「たぶん……?」
「子どもが、作れない」
「……」
「どんなに見た目が人間でも、オレは魔法物質で、そのうえ異世界人だ。生物学的に無理かもしれない」
この国では、子どもが作れるかどうかは大きな差がある。そもそも作れない人間は『妖精の子』と呼ばれ、大人として認められない。
そして、夫婦関係も子どもによって成立する。天使の血筋が社会的に厚遇されているため、子どもがいるかどうかが、公的な関係の決定打だ。
恋人関係、夫婦のような間柄でも、子どもがいなければ「良い人」どまり。子どもができたとき初めて『夫婦であり家族』として認められる。
「……だから、なに?」
ビィの温度が変わった。初めて、彼女を怒りを目の当たりにしている。まるで決壊寸前のダムのように。
「子どもができないかも知れないから、私に、他の男を選べと言いたいの?」
「……ビィは、領主だ。氷を使える最後の一人……ハイランドの血統を絶やすわけにはいかないだろう」
「……カケルは、それでいいの?」
いいわけない、いいわけがない……。
「……ビィは領主で、オレは従者だ」
――ドン!
胸を叩かれた。強く、彼女の精一杯の力で。
「ふざけないで! 言ったでしょ! ただの男として、私を愛するって!!」
「……」
「だったら、私も、ただの女として……愛してよ……」
「ごめん……」
「子どもなんて、できなくてもいい。ハイランドにはエルゥがいる。彼女ならきっと、必要とあらば子どもを作って、『あとは良しなに』って私たちに預けてくれる」
……確かに、言いそうだ。
「領地のことなんて、カケルは考えないで……私のことだけ考えて、私を愛して、どこにも行かないで……」
「ビィ……オレは」
ビィの唇が、なにか言おうとするオレの口をふさいだ。
言葉はいらない、態度で示せ。彼女は全身全霊で、それを伝えてきた。
オレは彼女を強く、強く抱きしめ続けた。




