回り始めた歯車
「さぁ、新鮮なトマト、チーズ、肉、ピーマンをふんだんに使った贅沢な料理だ。食べてみてくれ」
「なにもこんなにピーマン乗せなくても……あむ。……んーーーー!!!」
喜色満面の笑みで味をかみしめる我が主ベアトリクス・ハイランド。この味を前にすれば苦手なピーマンなどものの数ではない。
「ふっふっふ……うまいだろう、そうだろう。アヴィにはちゃんとタコ版もあるぞ」
「カケル、これは駄目です……やみつきになるのです。甘いトマトソースと、とろけたチーズとの相性が絶品なのです……」
そう、収穫されたトマトと、甘味に情熱を燃やした女衆が作ったてん菜糖によって、各家庭でケチャップが作れるようになったのだ。オレはハイランドで食う窯焼きのパンを食うたびにこれが食いたいと思っていた。
しかも材料は全てハイランド産、ちゃんと領民が好きな果実野菜のみで作られた、ご当地ピザの完成だ!
「多分オリーブがとれる南の地域には似たような料理があるだろう。保存食で作れるから、冬でも食える贅沢品だぞ」
さすがに缶詰がないのでトマトが保たないが、秋ぐらいは各家庭でも食えるだろう。
冬はニンジンとじゃがいもが効いてくる。馬鹿みたいに増えた飼料のお陰で家畜はどんどん肥えてるし、美味しいシチューが食べれるだろう。
「明日、日ノ本組にも食わせてやりたいんだがいいか?」
「いいわよ! 私もまた食べたいから一緒に作りましょう!」
その日のピザパーティーは、家臣団もひとり残らず絶賛の嵐だった。久々の大成功である。
――
朝から火消し組を連れてトマトとてん菜を収穫。トマトはあえて形が悪いのを選んでカゴいっぱいに持ち帰った。なんせ約60人分のピザだ。砂糖もトマトソースも自分たちで作るために、水車小屋にやってきた。
「先にてん菜を処理して、煮込んでる間に他の準備を始めよう。最後の焼成はパン焼き窯を借りるから、外で材料を用意しておいてくれ」
一通りてん菜の処理が終わり、女衆が丁寧に砂糖を煮出しはじめる。圧搾機は初めて使うが、歯車を噛み合わせる機構を入れると圧搾機が降りてくる。外すと止まる。持ち上げるのは手動という単純設計だ。
オレはこういうとき、体が勝手に動き始めてしまうのだが、今日は監督役なのでできるだけ黙ってみている。まるでバーベキューのように、みんな和気あいあいと準備している。まざりたい。
こうやって見ていると、やはり砂糖づくりが一番重労働だ。あれをもう少し改良できたらいいんだが……。
「あちゃ、引っかかった」
うん? と思って見てみると、圧搾機のそばで火消しのガイが何やらもがいてる。
「……バカ! 羽織が巻き込まれてるぞ!!」
オレは咄嗟に、ガイのもとへ向かった。歯車が羽織をどんどん巻き込んでいく、脱がそうとするも、既に袖が絞られていて抜けない。
「ひ、ひえ!」
「誰か! 圧搾機止めろ!!」
ヤバい、判断を間違えた。最初に機構を止めに行くべきだった。
――ギギギギギギ
世界がスローモーションになる。眼の前に次の歯がゆっくりと降りてくる。奥からツクヨが機構を止めに走ってる。間に合うか? 駄目だ、もうガイが引きずり込まれる。
――ダンッ!
やった、やってしまった! オレは巨大な歯車を素手で止めようと腕を差し込んでしまった。多分これは一番やっちゃいけないやつだ!
「お、親父! そんなことしたら!」
――メキ……メキメキメキ
肉がひしゃげ、骨が砕ける音がする。オレは残った腕で力いっぱい、回転を止めに掛かった。
――予感がしていた
オレはこの世界に来てから、ずっと意識的に避けていた事がある。
全力で、力を込めること。
元々、オレは体格こそでかいが、そこまで筋力がある人間ではなかった。だがこっちへ来てからは、ずいぶん逞しくなった。それは筋肉が付きやすいというレベルの話で、別に力が異常に強くなったというわけではない。
ただ……どんな時も全力を出したことはない。それをすると、良くないことが起こると本能的に理解していた。
「ぐ……ぐぐ……ガァァァァ!」
この体は、手で強く抑えると自己治癒が発動する。
正確には、力を込めると、何かのリミッターが外れる。異能の力が解放される。
――「カケルは魔石を宿してるので魔法が使える可能性は十分あるのです」
この世界の魔法に関する言葉が、思い出される。
――「魔法を使うにはまず、『私は魔法を使うぞ』って、トリガーをいれるのよ」
オレの魔法のトリガーは、おそらく力を込めること。
――「あんたの血は、体の作用を全部上昇させる」
砕け始めた骨が即座に再生される。押しつぶされ、ひしゃげた肉が、押しつぶされながら再生されていく。
――メキ……メキ……ベキッ
オレは壊れていく腕と、全身に、万力の力を込めた。
――生体魔素変容、正相値閾値突破、再構成開始
「ああああああああああ!!!」
――ギギ……ギ……ギ……ガコン
「カケル!」
「親父!」
歯車が止まった。ツクヨが止めたか、オレが無理やり止めたか……どちらでもいい。
「……ガイ、無事か?」
「俺のことより、親父の腕が!」
――ズルリ
歯車から抜いた腕は血に塗れ、ひしゃげながら治癒され続けた結果、ゴツゴツと太く、歪んで変形してた。腕の筋肉も、全力で力を込めた時のまま、戻らない。
「……大丈夫、ちゃんと動く」
途中から痛覚が麻痺したのであまり感覚が無いが、指が動くならまぁ大丈夫だろう。それよりも、この異常な熱を帯びて湯気を立てる、オレの血のほうがヤバそうだ。
「カケル! すぐ治癒院へ行きましょう!」
「近づくな!」
駆け寄ろうとするビィに対して、ツクヨが叫ぶ。
「……いいかい、誰も、その血にさわるんじゃないよ……あんたも動くな……その腕は、あたしが診てやる」
「わかった。ビィ、大丈夫だ。そうだな……氷水を用意してくれるか? 少し冷やしたほうが良さそうだ」
ビィはこくりと頷き、落ち着きを取り戻した。
他の連中は……やれやれ、すっかりお通夜ムードだな。せっかくピザを楽しみたかったのに。
「親父、すいません……俺、なんて詫びればいいか……」
「……お前が無事なら安いもんだ。オレは法度に従い家族を守った、それだけだ。次はお前が家族を守ってやればいい」
「……うっす」
「泣くな泣くな、オレの体は頑丈だから気にすんな。そんなことより腹が減った。早くピザが食いたい」
オレはガイ慰め、ツクヨに腕を診てもらいながら……この自然現象ではありえないできごとに一つの確信を得ていた。
――「魔法で起こる現象と、自然現象は区別しなければならない」
――「見た目は水でも、魔法で作られた水は魔法物質」
……オレの体は、魔法物質だ。




