予想と完成品の違い
「――様! エセル神様!」
「だから、私は神様じゃないって……はいはい、こんな夜中になんですか?」
「大変です! ルドの家で火事がおきて、子どもたちがまだ中に!」
「なんですって!! すぐにライラを呼んで下さい!」
――
「……本当に危ないところでした、大丈夫でしたか? ファファ、ルキア」
「はい……ありがとう、エセル様」
「お礼ならライラに言って下さい。あの子のウォーターフロウが無ければどうなっていたことか」
「ありがとうライラ」
「いえいえ、ふたりとも無事で良かったわ」
「それで、どうして火事が起きたんですか?」
「ファファ悪いんだよ! 布団の中でイグニッションを使ったの!」
「ルキアだって、もっと明るくしてって言っただろ!」
「……よくわかりました。二人ともお尻を出しなさい」
「やだ……」「ごめんなさい……」
「問答無用、許しません」
「ヤダヤダヤダ! エセルの嘘つき! 罰は与えないって言ったのに!」
「これは罰ではありません! 教育です!!」
――パシーン!
「びええええええ!」
「……ファファはしばらく火の魔法禁止ですからね」
「でもエセル様、ファファの火が無いと、夜が暗いよ」
「明るくしたいだけならもっといい魔法があります。光あれ」
「わぁ眩しい!」
「火のマナと同じ原理で、光のマナを強めればこのように明るくできるんですよ」
「みろ……エセル神様の手に光が……」
「火の天使の子を、恐れもなく叩くなんて……」
「光の天使エセル……いや、大天使エセリエル様だ……」
「……私、またなんかやっちゃいました?」
――
コケコッコー
「……アヴィ、また面白い夢をみた」
「ううん……今度はなんですか?」
「エセルが子どもの尻を叩く夢」
「ああ……有名な話ですね。火の子の二人が喧嘩して、火事を起こしてエセリエルに叱られる話でしょう。子どもたちはみんな聞かされますよ」
最近はアヴィが離れに入り浸ってるので、ちょくちょく一緒に寝ている。アヴィの好きなサブカル系の話をよく聞かせてやってるせいか、夢も妙にラノベっぽかった。
「さて、今日も頑張りますか」
今日はいよいよ水車の組み立て日だ。てん菜は寒くなってから甘みが増すはずだが、とりあえず実験段階で砂糖がちゃんと作れるか試さないといけない。
オレは人足として火消し組を五人ほど連れて、新しくできた水車小屋までやってきた。
「よし、それじゃあ大工さんの言う事をよく聞いて、事故らないように組み立てるんだぞ」
「「へい、親分!」」
トンテンカンと小気味良い音を立てながら、各機材が水車に取り付けられていく。川の水は一部せき止め、そこに水車を手早くはめ込んでいく。
最後に各部の金具を締め付け、水車との連動を確認したら、大工の親方が合図を出した。
「それじゃ流すぞー!」
――ザパッザパッザパッ……ギギギギギ
せき止めた水が一斉に流れはじめ、水車が緩やかに稼働していく。最初に動いた機構は、水車が組み上げた水を吐き出す洗浄用の流水装置だった。オレは設計してない。
「ああ、洗浄はこういう形にしたんですね」
「お前さんのままだと、てん菜を入れて取り出す必要があっただろ? それは危ないから水だけ出すようにした。これなら置くだけで洗えるだろ」
さすが職人、素人考えよりよっぽど理にかなってる。
「次に断裁機だ。途中で潰したくないって言われたから軌道修正して、切られたてん菜が下に落ちる仕組みにした。細かく切りたきゃもう一回入れな」
「ありがとうございます……使わない圧搾機の件は本当に申し訳ありません」
「……お前さん、なんか勘違いしとるな。お前さんに責任なんてこれっぽっちもない。これは俺達が必要だから、俺達が作った、俺達のもんだ」
「……そうですね」
「別にお前さんが素人なのは皆わかっとる。現場も知らん、技術も知らん。でも、そんなお前さんが言うもんが『あったらいいな』って、皆思った。野菜が勝手に洗えて、勝手に切れる。これで農家はずいぶん楽になるだろう。圧搾機だってベリー、トマト、飼料……使い道はいくらでもある」
そうか、別にてん菜にこだわらなくてよかったんだ。
「でもハイランドの収穫量じゃ、加工のためにそんな労力は使えんかった。農家だってどうせ余った分はご領主様に渡すだけだから、必要以上に作りもせん。それが領地全体のためになるってわかってても、一人が頑張ったって意味がねえ」
……そうだよな、そこは共産主義的な社会の宿命だ。
「でもお前さんは、個人じゃなくて領地全体での話しかしなかった。実際、お前さんが来てから少しずつ、皆の暮らしが豊かになった。だから、お前さんに協力してやってもいいと思っただけだ」
「……ありがとうございます」
「だからそこで礼が出るのがおかしいんだ。礼を言うのは俺達の方だ……ありがとな」
「いえ、これからもよろしくお願いします」
照れくさそうに頬をかく親方に、オレは心のなかでもう一度礼を言った。
「よし、それじゃてん菜糖、作ってみますか!」
まずはひと籠分のてん菜を、流水で転がして洗浄する。葉と根を取って汚れが無いことを確認したら、断裁機にかける。ぶつ切りになったてん菜を繰り返し断裁機にかけ、細切れにしていく。
出来上がった細切れをかまどに移し、とろ火で煮る。小一時間煮たら濾して、不要になったてん菜と葉をまとめて飼料にする。溜まったら圧搾してもいいだろう。
ほのかに甘い汁を、更に煮詰める。ここからはひたすら灰汁を取って煮詰める。熱さとの戦いだ。
こうして、茶色いてん菜糖シロップが出来上がる。これをさらに精製すると、てん菜糖だ。
正直、出来栄えはあまり良くない。甘みはあるが、雑味が多い。精製工程にまだ何かが足りてないんだろう。だがオレにはここまでしかできなかった。いつの間にか、甘い匂いに誘われて人が集まっていた。
「これがてん菜糖です……未完成ですが、良ければ味見してみてください」
手伝いの農家、大工、火消し組、そしていつの間にか傍にいたビィ。皆がそろそろとシロップを舐めていく。
「……これが砂糖?」
「いや……まだ未精製だ。そこまでするには、まだ工夫が必要だ」
「……果糖とは比べられんが……」
どうみても誰もおいしいとは思っていない。やはり雑味が多すぎるか。
「……大根から、これができたの?」
「ああ、正直苦労の割には……」
「もっとおいしくなるの?」
「もう少し工夫できれば……」
「すごいわカケル! これがもっとおいしくなるの!? 信じられない! 本当に飼料から砂糖ができるなんて! しかも、こんなに沢山よ!」
ビィの歓声に、皆が一様に同意しはじめた。
これで甘いパンが作れる、ジャムにも使える。これなら十分調味料に使えると絶賛しはじめた。
「よかった……」
彼らの評価は味云々よりも、てん菜に対する期待感のなさの裏返しだった。そもそも家畜の餌を作ってただけなのに、砂糖の元が出てきたと。
そしてもっと味を良くするべく、料理の得意な女衆があれやこれやと話し始めた。木炭を使うとか、石灰を混ぜるとか、塩を混ぜるとか色々と味を良くするアイディアが出ている。
結局、オレが一人で頑張るよりも、皆で頑張った方がいいものができるんだ。オレはそのことを噛み締めながら、流れ落ちる汗を拭った。




