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巡りゆく季節

 日ノ本一家の最初の仕事は、まず彼らの生活基盤の構築から始まった。


「思った以上に多くなったから、とりあえず三組に分けよう」


 一.戦闘力、戦う意思のある人間を集めた『刀組』15名。

 二.肉体労働に従事可能な中心組織『火消し組』25名。

 三.女、子どもや年寄り、病人を集めた『わらじ組』15名。


 刀組はエルゥに預け、訓練とともに必要に応じて狩り・ダンジョン採掘・護衛・警備の職につく。食事も基本騎士団とともにとる。


 厳しい訓練のあと、食卓に肉が出たことに彼らは感動し、日々精力を養っている。元野盗の五人もここにいる。


 わらじ組は次の冬に向けて、綱を編み・糸を紡ぎ・布を編んでいる。元々漁村ぐらしだったため手編み作業はほとんどの人間ができた。最初の仕事は、各組の羽織づくりだ。


 また、漂流者に絨毯を編める女性がいたためそれも頼んだ。その他、一家の家事全般も担う。意外なことにアヴィが監督を買って出たため、よく顔を出しては施している。貴族を初めて見るような人もいたから、大人気だ。


 そしてメインの火消し組。ツクヨが組長となって、彼らに仁義とカタギとの仕事の規律を叩き込んでいる。


「いいかい、あーしらは皆どこの誰とも知れないはぐれものだ。だから最初に出自と育ちを全部いいな。悪さしたならそれも含めて洗いざらいだ。それでもいいって言ってくれるなら、その恩義に働きで返すんだよ」


 そうして彼らはツクヨを真似て嘘偽りない口上をなんどもなんども練習している。


「インシュラスの漁村で生まれ、暮らしの辛さで逃げ出して、表街道はぐれはぐれていく数年、足を洗って故郷に戻るも、帰る家などすでになく、今の親父に拾われました。日ノ本一家の火消し組ガイと申しやす。どうぞお見知りおきを……」


 それが本当だと信じてもらえるよう、いかに淀みなく口上を名乗り上げるかが大事だそうだ。質問されれば当然、それも答えなければならない。


 また、火消し組はその名前通り、夜間は見回りに出て『火の用心』巡りを行っている。


 これは領民に日ノ本一家の存在をアピールしつつ、顔役としてトラブル解決を引き受けるためだ。


 そしてオレは、あまりやることがない。と言うよりさせてもらえない。


 組員の躾がしっかり行き渡るまでは『恐ろしいボス』として威厳を保つ必要があるらしい。


 相変わらず朝昼はビィの従者をして、夜は離れで眠るぐらい。


「馴染んだあとなら、お人好しのあんたでも身内びいきな親父に見える。今は怖がられるのが仕事だ」


 とは、ツクヨの談。できることといえば、血をわけた病人たちへ引き続き、血を与えること。これはツクヨからの要望で、オレの血が実際どれぐらい効くのかをはかるためだ。


 ぶっちゃけ人体実験なので、倫理的にはなんとも心苦しい。効能的には『数日間に渡って体の機能が全部あがる』らしい。


 病を治す力はないが、衰弱した人は十分有効なことがわかった。ただ……


「元気な人間、不要な人間には絶対に与えるな。過剰な自浄作用は逆に体を壊すうえ、効果が高いほど反動や中毒性も強い」


 と強く釘を刺されている。じゃあ肝臓は? と聞くと、


「あれはもう、毒でも薬でもない」


 じゃあなんだよ……とは思うが、その先は怖いので詳しく聞いていない。


 ――


 ハイランドはもう夏で、我が主ベアトリクス・ハイランドは毎日あちこちの施しに引っ張りだこだ。


 今年は作付け箇所も多いので、農家の負担を減らすため農地に霧の施し(スプリンクラー)したり、熱さで倒れた人に氷の施しを与えたりと忙しい。


「カケルは熱さに強いわねえ……」


「日本に比べたら全然涼しい」


 正直、暑い日でもせいぜい25度ぐらいじゃないか? まぁこっちの人は結構肌が弱くて、夏の日差しは肌に刺さるようだ。


 できるかぎりビィに付き添い、火消し組の仕事を仲介したり、暇ができたら刀組と訓練したり、彼らと蒸し風呂に入って話を聞いたり、なんだかんだとやることが一杯であっという間に夏は過ぎていった。


 水着回はなかった。残念だ。


 ――


 収穫が近くなり、身をつけ始めたてん菜を何本か収穫して、早速砂糖の抽出実験を始めた。


「まずはみじん切りにして、絞ってみるか」


 細かく刻んだてん菜を布で潰し、鍋にいれて煮出してみる。


「……すごい灰汁だな、どれだけ煮ても出てくる」


 煮出した汁は茶色く染まり、段々黒ずんでくる。


「やば、焦げてる?」


 オレは急いで火からおろし、そっと煮汁を味見してみた。


「……ぐぇ!」


 まずい、えぐい! 微妙に甘いのがまたエグい!


「焦げたのか? それともてん菜が駄目だったのか? いくらなんでもひどい」


 やばい、大失敗だ。こんなの、ビィになんて言えばいいんだ……。 


「このまま精製しても……砂糖なんて絶対できない」


 ……


「一旦、忘れよう。先にてん菜自体の味を確かめて、食えるなら食えばいいんだ」


 オレは鍋を空にして、普通に大根切りしたてん菜を煮炊き始めた。


「糖分は確かにあるんだよな……焦げやすいのかも知れない。とろ火でいこう」


 だが、かまどの火で弱火は難しい。ちょくちょく沸騰させてしまいながらも、小一時間煮炊きして味見してみた。


「……薄くて、エグみのあるカブだな」


 まぁ、食えないこともないが全く美味しくない。


「でも煮汁がほのかに甘い……エグみもない」


 ……これ、余計なことしないほうがいいのかな。


「もう少し試してみよう」


 ――


 結論、てん菜は潰してはいけない。


 てん菜には苦味成分が多分に含まれている。圧搾するとその成分が水分に溶け出して味が死ぬ。沸騰させても駄目。煮るほど灰汁が出て苦くなる。


「とろ火で糖分だけ煮出して、その汁から砂糖ができるんだ」


 大工さんごめんなさい、圧搾機もいらなかったかも……すでに建築が始まってる加工場を見て、オレは密かに嘆息をついた。


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