表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/62

日ノ本一家結成

『新たなる汝らの主ベアトリクス・ハイランドが汝らに導きを与える。庇護無き者、庇護を求めし者に新たな庇護を与える。ただし、それは私ではない。ハイランド領において、汝らに新たな住む家と家族の庇護を与えし者である。汝、正しき道を望むならばその導きに従え。』


 漁村インシュラスの代官より通達されたそのお触れは、その地にかつて無い震撼を与えた。


「一週間後に迎えの馬車が来るそうです。足りなければ馬車を追加しますので、行きたい方はどうぞご自由に」


「領民になれるのか?」


「家族の庇護だから、孤児向けじゃないのか?」


「……バニシュでも、いいのか?」


 人々はざわめき、噂し、あるものは疑い、あるものは夢にすがった。


 一週間後、人々を満載した馬車の数は五台にも上った。


 ――


「すげえ……領主の屋敷だ」


 日が沈む頃、馬車はハイランド屋敷前に到着した。中を通らず正門を反れて、戦時の宿舎に使われる屋敷の離れへと向かった。


「…全部で50人ぐらいか、よく来たな。荷物は置いて中へ入れ。姉御と親父が待ってる」


 明らかにすねに傷のある男衆5人が迎え、人々は建物内に向かった。誰もいない広々とした広間はすぐに熱気とざわめきで満ちた。


「……どうぞお控えなすって、はるばるここまでどうぞお越しくださいやした、皆さんどうぞお控えください」


 人々を出迎えたのは、黒髪の鋭い眼光をもつ若い女だった。その貫禄ある口ぶりで、ながながと自分の出自と、ツクヨという名、そしてこれから会うカケルという親父殿の名を語った。


「……それでは親父殿、どうぞお入り下さい」


 静まり返った人々は、悠々たる佇まいでやってきた男の姿に驚愕した。


 恐ろしい形相、逞しい肉体、人を射殺すような目、そして異形のツノ……ヤマトでは鬼と呼ばれるその姿に、その場にいたほぼ全員が恐れおののいた。


 その鬼は静かに、しかし洗練された動作で異国の装束をしゅるりとたくし上げ、上座に鎮座した。


「日ノ本一家、ヤマトカケルだ」


 短い名乗り。ただその声は聞いたこともない旋律を伴って耳元にこだました。


「これからあんたらは、親父殿と盃を交わす。盃を交わせば親父殿が、この家に住む権利と暮らしの世話をしてくれる。ただし、盃を交わすのは次の約束を守れるものだけだ」


 女は法度と呼ばれるこの家の規律文を掲げ、読み上げた。


 一つ、善く生きよ、悪事を働くな。


 一つ、仁義を貫け。約束を守れ。


 一つ、恩には報いろ。金銭でなく心で示せ。


 一つ、カタギに迷惑をかけるな。


 一つ、罪には罰を受けよ。


 一つ、必ず家に帰れ。


 一つ、家族を守れ。


 一つ、盃を親兄弟の血の契りとせよ。


「以上、これを法度として守るならば、親父殿の盃を配る」


 人々は困惑していた。難しいことは言っていない。しかしわからなかった。


「仁義とは……なんでしょうか?」


 まともな身なりをした男が尋ねた。


「いまは約束を守ることだと思えばいい。詳しくはあーしが教える」


「カタギって、なんですか?」


 ローブに身を包んだ女が尋ねた。


「この土地で真っ当に生きてる人々のことだ」


「……守れなかったら、また追い出されるのでしょうか?」


 ぼろぼろの身なりをした、老人が尋ねた。


「オレは誰も追い出さない。ただ罪に応じた罰を与える。最も重い罪を犯せば、首を切る」


 その質問には、鬼が答えた。人々は恐れ、震えた。この国の法律すら超えた、絶望的な宣告だった。


 バニシュが殺されても誰も気にしない。弔われることすらしない。ここでも結局バニシュなのだと。


「そんなの……体の良い牢獄じゃねえか! ……結局、俺達を殺すために集めたんだろう!」


 荒くれた男が叫んだ、同調するように人々は不満の声を上げた。


 バニシュにはよくある話だ。『住むところを世話してやる』と言われ、ついて行った先が野盗の巣窟、重労働の炭鉱、逃げ場のない漁船。そんな地獄を誰もが見てきた。


 ここも同じだ。逃げようとすれば屋敷の騎士団に殺されるに違いない……人々がどんなに不平不満を叫んでも、鬼は何も答えなかった。


 幼い娘は母の手を握り、目を潤ませていた。


 やがて、黙したまま何も語らない鬼の眼光に怯え、人々は静かになった。


「……オレはお前たちに家族の庇護を与えるために呼んだ。嫌なら盃を受け取らずに帰れ」


 静寂の中、一人の男が前に出た。


「あっしでも、家族にしてもらえるんですかい」


 男は醜かった。イボだらけの顔、膿んだ傷口、失われた片腕の袖を垂らして、鬼に尋ねた。


「もちろんだ。オレの盃を受けるか?」


「……いただきやす」


 鬼は差し出された盃に、清らかな水を注いだ。


「領主より賜った施しの水だ。もしお前が望むなら、オレの血もわけよう」


「……血を飲むと、あっしもそのような姿になるんですかい?」


「いや、体に力が満ちるだけだ。お前の病も和らぐかも知れない」


「……どうせ朽ちる身です、どうかその力の施しを」


「いいだろう……我、鬼人ヤマトカケルが汝に血の施しを授ける」


 鬼は小刀で指先を傷つけ、その血を一滴、盃に落とした。


 鬼が拳を握り、上等な白紙で拭うと、その傷は癒えて消えていた。……天使の奇跡ではない、悪魔の異能だ。男はその恐ろしさに震えだした。


「……い、いただきやす」


 男はごくりと喉を鳴らし、勢いよく盃を飲み干した。鬼もまた盃を交わした。男は震えながらも、自分の中に満ちていく熱さを確かに感じていた。


「……これでオレとお前は家族だ。名を教えてくれ」


「ハンスと申しやす」


「ハンス、お前を家族に迎え入れられたことを嬉しく思う。親父でもカケルでも好きに呼んでくれ」


 鬼はハンスを、家族のように深く、長く抱き締めた。


 ハンスは、十数年ぶりの人の温もりにふれ、静かに嗚咽の声を上げた。


「まずは風呂だな……外の蒸し風呂に入り、旅の疲れを癒せ。その後は飯と寝床を用意してある」


 ハンスは繰り返し感謝の意を示し、女に促されるまま部屋を出た。


「……さぁ、次は誰が盃を受ける?」


 ……人々から一人、また一人と盃を交わし……やがて全員がその盃を受けとった。


 その日、日ノ本一家総勢57名は、ハイランド人口の一割を占める一大勢力となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ