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広がる世界

 春の恵みが夕食を彩り始める。皆で食べる屋敷の夕食は少しだけ豪華になった。


 干し肉は新鮮な肉に、ドライフルーツはベリーの盛り合わせに。パンはまだ硬いが、新鮮なミルクを使ったシチューと肉汁が、むしろ旨味をひきたてる。野菜はまだ少ない。


「ツクヨさんのたんぽぽ茶もおいしいわ」


「でしょう? この辺の草は薬よりも茶に向いてますんで、今後も色々作りやしょう」


「ええ、楽しみだわ」


 この世界はあまり茶になじみがない。ビィも本当は茶よりも果実水が好きだろうが、今は足りない栄養素をちょっとでも補ってもらおう。


「お嬢様、セイレム領より信書が届きました」


 執事から封蝋の付きの手紙を受け取ったビィは、食事の手を止めてすぐに中を確認した。


「……たいへん、漁村がハイランド領になるわ」


「マジか、そりゃありがたいな。タコと塩と石灰岩が遠慮なく取れる。でも領地ってそんな簡単にもらえるもんなのか?」


「……そんなことはないけど、元々漁村はセイレム領というより、領主がいないから地方総活のセイレム管理になってただけなの」


「ああ、だから一番近いハイランドに今後は任せるってことか」


「でもこれは……エルゥ、大丈夫だと思う?」


「守れん。騎士と馬が足りん」


 エルフィンは食事を続けながら、短く断言した。


「漁村には貴族がいない。騎士もいない。我々には常駐も派遣もできん。与えられる庇護は街道の巡回と、有事の際の出向だけだ。それですら馬が足りん」


 漁村との距離は馬車で半日……馬でも相当な距離か。


「元々漁村で必要なものは塩以外は自力で採取してたし、あ……これ、責任だけが増やされたのか」


「ほぼそういうことね……村民をそのまま領民にはできないし、海魚の加工品なんていらないんだけど……」


 ドリが手を上げた。


「で、あれば漁村の人員を拾い上げて、採掘とダンジョンに下さい。軍事資材に転換できます」


 エルゥが続ける。


「魔石で馬を買い、幾人か兵士にして巡回兵とする。それとベイオウルフの倅だ。あれを騎士に引き立てよ」


 サクサク決まるな。オレも一声かけとこう。


「漁村の海魚は最低限にして、石灰岩の採取とタコ漁も増やしてくれ。それと、代官はどうする?」


「代官は元々漁村の人だから、そのまま引き継ぐみたい。みんなが頼もしくてありがたいわ」


 ビィは満足そうに食事を済ませ、セイレムへの返事と、代官への導きを手紙にしたためはじめた。


「ちょいと、甘っちょろいんじゃないですかい?」


「え?」


 ここでツクヨが異を唱えた。


「チッチッ……兵はまだいいが、他はどうなるやら……そいつら要は、はぐれものでやしょう? カタギと組ませていいことなんざありゃしませんぜ」


「……それはそうだな。ビィ、そもそも漁村ってのはどんな人が住んでるんだ?」


「段階的にわけるなら……元々の村民、住む家がない人、所属領にいられなくなった人……そしてバニシュね」


「領地には上澄みだけ拾いあげてやれば良かろう」


 エルゥはいつでもシンプルで正しい。……でも、それだと。


「……いや、バニシュから拾い上げるべきだ。まともな人がいなくなったら、漁村の環境はどんどん悪くなる一方だ」


「……正気か? 言い分は分かるが、漁村など名目だけの領地だぞ」


「それでも、人々は生きてる」


「……国が違っても、海だけは変わんねぇな。どこまで行っても『ゴミ捨て場』だ」


 ツクヨが楊枝で指して言った。


「カケルくん、あんたカンバン背負いな」


「カンバン?」


「言ったからには頭張れってことさ。幸いあんたは見た目は鬼、出自は流れもん、立場はご領主様の懐刀、そして芯に一本だいじなもんが刺さってる。おあつらえ向きさ」


「オレにヤクザの親分やれってことか……」


「別に黙って座ってりゃ、仁義はあーしが仕込んでやる。姉さんの代わりに裏道ととのえてやんな」


 不安そうなビィと、視線が合った。ビィは立派な領主だが、内向きな人間だ。外向きなエルゥとは対極。オレがその緩衝材になれるなら……。


「……わかった。やってみよう」


 その夜は、みな遅くまで今後のことを話し合った。


 ――


「これがてん菜の撹拌機ですか?」


「うん、試作品作ってもらったんだが……だめだな、ちょっと硬いと切れない」


 ドリが試作機を興味深く観察している。


 水車部分を手動で回す以外は実物と同じだが、小さいせいか芋すら切れない。それに水車の速度で回すとあまりに遅い。


「設計思想から間違ってたな……回すか押しつぶすだけにしたほうが良さそうだ」


「ちょっと借りてもいいですか?」


 ドリが高速で水車を回し始め、回転刃の部分がヒュンヒュン回転する。


「いいですね、これ」


「いや、水車はそんな速度で回らないから使えないんだ」


「ああ、そうじゃなくてですね。手動で回る、この大きさの、この撹拌機がいいんですよ」


 まぁ手動で回せばただのミキサーだしな。


「石鹸作り、果実水作り、家庭で使う範囲ならこれで十分です」


「なるほど。じゃあこれはドリにあげよう」


「いいんですか! やったぁ」


 本来の用途を導き出せたドリへのご褒美だ。大工と鍛冶屋にはもっとシンプルにぶつ切りと押しつぶす機構で作り直してもらうとしよう。試作って大事だなぁ。


 ――


 庭の薬草畑から、ツクヨと一緒に雑草をぬく。


「そういやツクヨ、はぐれもんは任せろって言ってたけど、元犯罪者とかでも大丈夫なのか?」


「はん? まぁヤマトに比べりゃこっちの人間なんてなまっちょろいもんよ」


「ヤマトの方は、治安悪いのか?」


「……最悪だね。都が全部吸い上げちまうから、農民の暮らしなんてひどいもんさ。あっちで物乞い、こっちで物取り、後ろを見れば死体の山ってね」


「……そんな状態で、よく生きてこれたな」


 ツクヨがいくら長年生きてても、見た目が15才のままでは大変だったろう。


「だからこその、仁義の道よ。表の道が腐ってんなら、裏の道進むしかねえ。都の外で暮らすにゃ、力と義理人情が一番信用できんのさ」


「なるほどね……オレの国なら、武家がその役割だったはずなんだが」


「武家はもう、完全に朝廷の武力組織さ。そうでないやつぁ、できるだけ都の遠くに行っちまった」


「織田とか徳川もいないのか……なんか残念だな」


「はん? 徳川組ならちゃんと武蔵で看板しょってるよ。懐かしいねぇ……昔は結構世話になったもんさ」


「あ、いるんだ。ちょっと話聞かせてくれ」


 ヤマトであっても、強いやつらはちゃんと強いらしい。戦国大名になってたかもしれない人の話を聞いて、久しぶりに時代劇でも見たかのようにワクワクしてしまった。


 江戸はなくとも武蔵の国に徳川がいる。それならまだ、ヤマトも未来はありそうだ。


「……ところで、カンバンの名前は決まったかい?」


「ああ……オレの故郷からとって、『日ノ本』一家にしようと思う。家族の庇護から始めるんだ」


「はん、日陰もんにはちょうどいい名だね」


 そしてオレはツクヨから仁義の振る舞いを学び、盃を交わし、ツクヨが日ノ本一家の最初の家族となった。

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