てん菜と天才になれない男
「苗と種が余った?」
「へい、もう十分暖かいんで、苗と芽が出たものは果実からどんどん作付けしていっとるんですが、それでもニンジンとてん菜は……」
「……問題は土地か」
「人手も足りやせん。畑農家はもう手一杯です」
「……新しい畑が必要だな。ビィに相談しよう」
――
オレはビィ、バジ、ドリとギルドマスターのガリオンさんを呼んで会議をはじめた。
「じゃあ現状について、バジから報告を頼む」
「へい、まず段々畑はベリー類の作付けが優先です。で、今回は良い肥料と育苗を活用して、トマト・ピーマンを空き畑に作付けいたしやした」
「ふんふん」
「で、まだニンジンとてん菜が残っとるんですが、ニンジンはいいとしても、てん菜は元々かなりの量を用意しとりまして、土地と人手が足りんのです」
「……計画段階で作りすぎたか。すまん、オレがちゃんと計算するべきだった」
正直もっと空き地があるものだと思ってたが、意外と狭いのか。
「いえ、これは『出来すぎた』だけでやす。普通こんな事は起きやせん」
「……ビィ、どうしよう?」
ここまで静かに聞いてた領主、我が主ベアトリクス・ハイランドが口を開く。
「……てん菜は砂糖が作れるって言ってたわよね?」
「ああ、葉はそのまま飼料にできるし、実を加工すれば砂糖に、絞り粕も飼料にできるはずだ」
「じゃあいいわ、耕作地を使いましょう」
「輪作に含めるのか?」
「そうね。バジ、牧草予定の耕作地なら土地への影響は少ないわね?」
「へい、それは問題ないかと」
「休眠耕作地は使えるかしら?」
「それは……やってみんとわかりません。痩せやすい土地なんで、次の麦に影響も……」
「そうよね……でも、砂糖ができれば小麦は買えるわ。やってみましょう」
「……いいのか? まだ作れる保証はないぞ?」
「だめだったら家畜を増やすわ。今年食べるお肉が減って、野菜が増えるだけよ……うん」
野菜嫌いなビィにとっては英断だ。失敗できないな。
「それじゃあ、まずは耕作・苗付、そして収穫・洗浄・加工に人手と専用の加工場を用意しないと」
「人手についてはガリオンに相談ね」
冒険者ギルドという名の労働斡旋業者マスターガリオンさんが頷いた。
「そうですね、ダンジョンと伐採を現在止めてますから、その人手と女衆で耕作と苗付は確保できるでしょう。むしろ紹介できる仕事が増えるのはありがたい」
そうか、冬ずっと伐採してダンジョンを領主管理にしたから仕事が減ったのか。
「ただ収穫期は読めませんな。根菜の収穫は重労働な上、加工まで必要となると」
「……水車は使えないか?」
「今の水車の流用は無理ですよ? 粉挽きとサイロに使ってます」
「小型でいいから新たに作るんだ。洗浄と加工を両立させる加工場を考えてみる」
「ふむ……水車付き加工場の作成となれば苗付のあと、すぐ取り掛からないと駄目ですな」
「わかった、オレには設計思想ぐらいしか伝えられないから大工と鍛冶屋に相談してみよう」
「頑張ってね! カケル!」
これでこっちのてん菜が甘くなかったらどうしよう……自動翻訳が『てん菜』ならちゃんとてん菜だと思うんだが……頼んだぞ精霊。
――
「そもそもてん菜から砂糖ってどうやって作るかだよな……煮詰めるだけでいいのかな?」
……そんなわけないよな、糖分だけ抽出するんだから。
工程を分解しよう。まずは洗浄、かごに入れて水車でまわす。回収する。
次にてん菜の葉と根を切る。ここは人力。
「皮は……多分切ったほうがいいんだろうけど、単純化しよう」
皮ごとミキサーにかけて圧搾→煮詰める→ろ過を繰り返せば最後に中の成分だけが残るはずだ。これは実物を味見してみないとわからん。
とりあえずミキサーは欲しい。それと圧搾だが……チーズ工房があるし大丈夫だろう。あとは鍛冶屋と大工に相談しよう
――
「……というわけで、こういう加工場が欲しいんだけど、設計お願いできますか?」
「サウナの次は加工場か。水車と圧搾器はいいが……この回転刃の設計はわしじゃできんぞ」
「そこは鍛冶屋さんと相談しますんで、裁断機、圧搾機、煮詰め釜を設計してもらえれば大丈夫です」
「回転刃が危ねえな。ここは回すと止めるだけでいいのか?」
「できれば三段階ぐらいに調整できると」
「贅沢言うな。突貫の水車でそんな機構作ったら中で巻き込まれるぞ……いっぺん手動式の小さいの作ってやる」
「よろしくお願いします」
――
もう春から夏に向かう。苗付は順調で、人々は明るい未来に心踊らせていた。他方、警戒心を高ぶらせている者たちもいる。
「セイ! ヤァ!」
屋敷の庭にある訓練場では、エルフィンが騎士団再編のため、訓練を開始していた。
「まだまだ! 腰が甘い!」
彼らは日々人員を集め、訓練し、装備を整え、監視し、巡回し、備えている。
「ダグラス! 新入りに残らず洗礼を与えてやれ!」
「あいよ……さぁ、かかってこい。全員まとめて相手にしてやる」
オレが彼らのためにできることは少ない。それでも、いつか来るその日のためにオレもやれることをやらなくてはならない。
「エルゥ、いや……エルフィン卿、オレも、訓練に参加させてくれ」
せめてその時に、逃げずに立ち向かえるように。オレは彼らの剣を盾で受け続けた。




