大天使エセリエルの言葉
「あー! カケルだー!」
「よっ、サラサ」
「どーん!」
出会い頭に子ども特有の感情表現タックル、なかなか思い切りがいい……が、まだ甘い。
「やったなー!」
両腕をしっかり掴んでぐるぐる回す。まだ5歳ぐらいのサラサは、軽くて飛んでいきそうだ。
「キャー! キャーーー!」
「ほーら、ほーら」
――
ひとしきりサラサと遊んだので、目的の教会へ一緒に入る。だいたい毎日やってる朝の礼拝だ。
「おじゃましまーす」
まだ人はほとんどいないらしい、ちょっと早かったかな。
少し待ってると、奥から神父のアリエスさんが顔を出した。
「おや、カケルさん。ご領主様がなにか?」
「いえ、今日は説教を聞かせてもらおうかと。エセル信徒じゃなくてもいいですか?」
「もちろんです。漂流者の方にはむしろ聞いてもらいたい」
「ありがとうございます、アリエス神父」
「……うん?」
「どうかしましたか?」
「いえ、私を神父と呼ぶのは別に構わないのですが……なんでしょうね、とてもこの身に余る尊大な呼ばれ方をしている気がします」
「そんなつもりはないですが……」
そもそもファーザーって呼んでるつもりも無いんだが、精霊言語特有の違和感かな。
「まぁいいです。シスターミラも、『あの声を聞くと、なんだかゾクゾクするんです』って言ってましたし、そういうものなんでしょう」
「すいません、自分じゃわからなくて」
「ねぇねぇ、神父様! カケルのおでこに何があるか知ってる?」
「いえ、存じません」
おっと、サラサ。それはちょっとまずいかも。
「じゃあ教えてあげる!」
「サラサ、いけませんよ」
「……なんで?」
「サラサは、カケルさんに『おでこのことを話していい』と言われましたか?」
「……言ってない」
「秘されたことを話すべからず。人が内緒にしていることを勝手に話してはいけません」
オレは構わないんだけど、教義的にはだめみたいだ。
「ちょうどいいので今日はその話から始めましょう。さぁ、そろそろ席についてください」
「はーい」
段々と人が集まり、アリエス神父の説教が始まった。
――
「今日はみなさんに『大天使エセリエルの言葉』をお伝えします」
「小さな子や初めての方がいらっしゃいますので、有名なエセルの言葉だけを簡単にお話します。いつ、どこで、誰に話したのかは言いません」
「ただエセルが言った、その言葉をいくつかご紹介しますので、それがどういう意味を持つのか、それはみなさん自身でお考えください」
小さな静寂のあと、アリエス神父が祈りの手を合わせると、その言葉が聖堂内に小さく響いた。
「神聖教会、導師アリエスが、汝らにエセリエルの導きを伝えます」
――
第一章より 大天使エセリエルの降臨と堕天
わたしはエセリエル。
かつて天にあり、いまや地に在るもの。
わたしは癒やす。
傷つき泣く子どもたちのために。
わたしは導く。
神の教えを伝えるために。
わたしを神と呼んではならない。
わたしの言葉は神の言葉ではない。
神の言葉は秘するもの。
わたしは秘された言葉を語らない。
――――
第二章より 導くもの
よく聞きなさい。
正しき道を歩みなさい。
正しき者の手をとりなさい。
その先に、わたしはいます。
悪しき道を歩んではならない。
悪しき者の手をとってはならない。
その先に、わたしはいません。
――――
第三章より 癒やすもの
わたしは癒やす。
その傷をふさぎ、血を与えましょう。
痛みをやわらげ、共にいましょう。
その毒は消えない。
神は毒をつくらない。
その病は消えない。
神は病をつくらない。
それらは悪魔のつくりし影。
汝らが避けるべき影である。
――――
第四章より 芽吹かせるもの
神の果実をさがしなさい。
わたしは、あらたな命を芽吹かせる。
植えなさい。
いつか、それは大樹となる。
育てなさい。
いつか、それは実をつける。
種をのこして食べなさい。
いつか、それはあらたな命を芽吹かせる。
――――
第七章より 施しと対価
わたしは金貨をもとめない。
その金貨を、十の銀貨にわけなさい。
十の銀貨を、百の銅貨にわけなさい。
百の銅貨は、百のパンとなるでしょう。
そのパンを、百人に施しなさい。
わたしはよろこんで、
ひとつのパンをうけとりましょう。
――――
第八章より 追放と庇護
わたしは誰も罰しない。
わたしは誰も追い出さない。
わたしは誰も奴隷としない。
けれど、わたしのこの目には、
悪しきものはうつらない。
――
終章より 別れの言葉
かわいい、わたしの子どもたち。
これが最後の言葉です。
よく聞きなさい。
わたしの言葉を伝えなさい。
神の教えをつむぎなさい。
いやしく生きてはなりません。
施しなさい。
癒やしなさい。
芽吹かせなさい。
正しき道へ導きなさい。
わたしを神と呼んではなりません。
どうか最後に一度だけ、わたしを父と呼んでください。
――
最後の言葉が終わったあと、あちこちからすすり泣く声が聞こえはじめた。
「……おとうちゃん」
泣き始めたサラサの頭をそっと撫でる。
胸にすがりつくサラサが泣き止むまで、オレは静かに待っていた。
――
「いかがでしたか? 異国の方でもわかりやすくお話したつもりですが」
「とてもわかりやすく、全編聞き取れました。ありがとうございます」
「それは良かった。良ければあなたがどう受け取ったかを聞かせてください」
オレは素直な気持ちで感想を伝えた。
「なんというか、謙虚でいい人だな……と思いました。どのお話も、この国の社会基盤に繋がっていて、倫理観がわかりやすいと言うか」
「そうでしょうね、そういう話を選びましたから」
満足そうに頷くアリエス神父。
「そうじゃない話もあるんですか?」
「もちろんです。これは罰ではない! と言いつつ、子どものおしりを叩く話もありますよ」
思ったより人間くさい。
「ははは、そういう話があった方が、個人的には信用できますね」
「今日の話だけでは、綺麗すぎると?」
「まぁ……率直に言えば」
「正しい感覚です。エセルの言葉はたいへん多く残っていますが、らしい言葉もあれば、らしくない言葉も沢山あります」
「……らしくない言葉とは?」
アリエスは静かに首を振った。
「それを私が口にするのは、少々はばかられます」
まぁ、支配者層に都合のいい話があとから盛り込まれてるってことだろうな。貨幣の話とか怪しいし。
「私も率直に言うと、エセルは大天使と呼ばれるほど特別な存在ではなく、一人の人間であったと思っています。聖典では明言されていませんが、その別れが死別だったことは明らかです」
「オレも、最後はそう受け取りました」
「だからまぁ……他文化のあなたがエセルを神聖視しなくても、そんなに問題にはしません。どうぞあなたの思う正しい道を進んでください。私もじゃがいもは美味しいと思いますので」
「う……バレてましたか」
「さて、何のことでしょう。……それではまた、導きが必要になればいつでもお越しください」
オレは神父に礼をして、教会を去った。
「……願わくば、あなたがただの人であることを、祈っております」




