秘密の夜の夢
「まぁ話すぐらいなら……念の為聞くが、話すだけだよな?」
「……もちろんなのです」
「じゃあなんで、火を落として布団に入るんだよ……」
「まだ夜は寒いですし、油だって無駄にはできないのです」
日が落ちたこの世界の夜は暗い。特にアヴィの部屋は月明かりすら入らない。布が擦れる音と、アヴィの声だけが言葉を支配していた。
「さぁ、カケルもどうぞ」
なんでオレは妹みたいな子に誘われてるんだ……どこかでルート選択を間違えたんだろうか。一人寝がさみしいだけかも知れないからいまさら断りづらいし。
「……アヴィが眠ったら部屋に戻るからな」
「ふふ、今夜は沢山おしゃべりできそうなのです」
オレは暗がりの中、アヴィにふれないよう慎重に布団に入る。するとスルッと腕の中にアヴィが入り込み、当たり前のようにオレの腕をまくらにしてしまった。
「……カケルは本当にうぶなのですね。心臓の音が聞こえてきますよ?」
「いや、そういう方面で心拍数が上がってるわけではないんだが……こんなこと、オレの国ではギリギリ犯罪だ」
「変な国なのです。アヴィはもう妹みたいなものではないのですか?」
「まぁ……だからこそ危険というか」
「それにツーちゃんから聞きましたよ。カケルは胸の大きな女性が好きなのでしょう? 」
――ドキッ
「ふふ、また聞こえたのです。カケルは嘘がつけませんね」
「まぁ……嘘は苦手だ」
「安心してください。例えカケルが何か間違いを犯したところで、アヴィは『妖精の子』なのです」
「前も言ってたけど、それどういう意味なんだ?」
アヴィはそっと、自分のお腹に手を当てた。
「……子どもが成せない、永遠に大人になれない人を、そう呼ぶのですよ」
「見た目通りの年齢じゃないとは思ってたが……そう言う意味だったのか」
いつしか暗がりに目が慣れると、目の前のアヴィの顔はキョトンとした表情をしていた。
「カケルは本当に不思議です。アヴィとお話する人はみんなもっと聞いてきますよ?」
――『どうして髪が白いの?』
――『どうして外に出ないの?』
――『どうして体が成長しないの?』
「でもカケルは一度も聞いてこないのです。それなのに、最初から家族のように気を使ってくれる……何故なのです?」
「何故って聞かれても……当たり前のことだと思ってるからな」
「……そんなところが、ヴィーク兄様が帰ってきたみたいで、アヴィは嬉しかったのです」
「兄さんの服、もらっちゃってるしな」
「……アヴィはそろそろ、カケルのお話が聞きたいのです」
「ヤマトの話か? ツクヨの話とはだいぶ違うと思うけど」
「いいえ、いいえ、アヴィが聞きたいのは……カケル自身の事なのです」
「うーん……大した話はないけど……」
オレは小さい頃のこと、家族、幼馴染、学校のことを取り留めもなく話した。アヴィやツクヨは翻訳がバグっても日本語が聞き取れてるようなので、割と概念が通じやすかった。
――
「16年も毎日勉強なんて、家督を継ぐ貴族でもしないのです。だから物知りだったのですね」
「どっちかっていうと漫画や動画で覚えたことの方が役立ってるけどな」
「アヴィも動く絵や、読める絵を見てみたいのです」
ふぁ……さすがに眠くなってきた。何事もないし諦めてこのまま寝るか……。
「……やっぱりカケルは、アヴィが召喚するべきでした」
「うん……?」
「お姉様では異世界の扉を開けない。だからカケルは肉体がゆがみ、帰ることもできない」
「……どういうことだ?」
「禁書の悪魔召喚のことなのです。お姉様が倒れた時、アヴィも読みました。そして理解しました。アレを使うべきはアヴィでなければいけなかったのです」
オレは眠気が深まる中、アヴィの瞳はむしろ爛々と光り輝いていた。
「ごめんなさい、カケル。アヴィでももう、あなたを帰らせることができないのです」
「まぁ……別にいいよ、どうせ死んでたんだし」
真剣なアヴィには悪いが、眠気が限界だ。
「カケル、あなたの死因は水によるものではなかったですか?」
……ああ、津波だった……な……。
「やはり……開かない扉の向こうから無理やりこちらに引きずり込むには、魔法しか手段はないのです……」
……魔法で無理やり?
「魔素の無いカケルの世界で魔法を行使すれば、それがどれほど大きな影響をもたらすか、お姉様はわかっていなかったのです」
……ビィが? 魔法を?
「本当にごめんなさい。アヴィならまだ、犠牲はカケルだけだったのに……せめて望む夢をあなたに。故郷に帰るも、この事実を忘れるも、あなたの望むままに」
……じゃあ……あの時の津波は……
「……おやすみなさい、カケル。夢の世界でまた会いましょう……」
『白銀の鍵たるアビゲイルが汝に導きを与える。古ぶしき神ウムル・アト=タウィルの導きに従い、我が身を伴い汝の望む夢の扉を開くがいい』
――
「アヴィ、なんか……空飛ぶ猫に乗って月に行く夢を見た」
「うんん……夢なのですから猫が空を飛んだり喋るくらい普通なのです」
「……それもそうか」
結局朝まで一緒に寝てしまった。この部屋日差しが入らないから何時ぐらいかわからんな。
――トントントン
「アヴィ、朝ごはん持ってきたわよ」
軽快なノック、ビィの声だ。さすがにまずい気がしてきた。
「おい、アヴィ起きるからどいてくれ」
「……くぅくぅ」
「こら、狸寝入りするな!」
――ガチャ
朝食を片手に入ってきたのは我が主ベアトリクス・ハイランド。
「……おはよう、ビィ」
ビィは驚き、首を傾げ、目を瞑って思案し、また目をパチクリさせた。ここでいきなり怒らないところがビィだな。
「……カケル、アヴィと寝てたの?」
「まぁ……添い寝のつもりで遅くまで話してたらそのまま寝てしまった……すまん」
「……」
まずいな、さすがに怒られるよな。
「……アヴィとエルゥならいいけど、リリやツクヨだったら怒るからね?」
なぜエルフィンが許されるのかわからんが、一番ないと断言したい。
「……そんな気はかけらもないんだが……ごめん、反省してる」
「別にいいってば。ご飯置いとくから、アヴィが起きなかったらカケルが食べちゃって」
カチャンとテーブルに置いたあと、ビィはぶつぶつ考えながら、その場を離れていった。
「どうせカケルは断りきれないから……やっぱりミラの場合も考えておくべきかしら……」
――スタスタスタ
……
「ほら、起きろアヴィ」
「……くふふ、昨夜は忘れられない溺れるような夜だったのです」
「そんな記憶はさらさらない」
「忘れてしまうなんて、ひどいのです」
「とっとと眠って、面白い夢みたぐらいしか覚えてない」
「……アヴィと一緒に寝ると、また楽しい夢が見られますよ。ぜひまた来てください、カケル」
「まぁ……たまにならな」
なんか忘れてる気がするんだか……まぁいいか。




