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氷の一族

 氷魔法は危険だ。


 ……だがオレはそれをまだ説明できないでいた。これまで何回も氷魔法をそばで見てきた、それでもだ。


 まず前提として、オレは肝心の液体窒素について知らなすぎる。感覚的には『すごいドライアイス』だ。確か……-100℃だか-200℃の超冷凍液で、触るとヤバくて、ボンベに入っていることぐらい。あぁ、ググりたい。


 ……無い物ねだりはやめて科学的に考えてみよう。


 まず液体窒素は空気との温度差で急激に気化する。そこはドライアイスと一緒だ。気化した冷たい窒素は空気と一緒に沈む。だから密室で使うと酸素濃度が下がって危険……ここまでは間違いないだろう。


 とは言え、濃度や密度の数値がわからないと安全ラインは計れないから……結局、今はむやみに使うべきではないとしか言えない。もし、今まではただ運が良かっただけだとしたら……。


「止めたところで、ビィは使い続けるだろうな……」


 ハイランド領は氷魔法が基盤を支えている。この厳しい土地で食料や流通を支えたのは明らかに氷の力だ。


「安全策の構築と、食料保存の代替案……検証が先か」


 ――ガチャ


「おいカケル、春だと言うのにいつまで部屋にこもってるつもりだ?」


 ドアが開くと、春の申し子のような緑髪の女騎士、エルフィンの声が聞こえた。


「……ちょっと考え事があってな」


「顔も向けずに答えるな、無礼者」


 それもそうだ。無い知恵絞りすぎた。


「わるかった、おはようエルゥ」


「……とうに日は傾いてるぞ? 何をそんなに考え込んでいる?」


「氷魔法の危険性についてだ」


「ふむ……? 恐ろしく強力かつ危険なのは確かだが、魔法学を学んでもないお前がなぜそんなことを考える?」


「魔法の原理はわからんが、引き起こされる現象は理解できるつもりだ。試しに仮説を聞いてもらえないか? エルゥ」


「……座学は好かんが、貴族の務めだ。聞いてやるからまず飯を食うがいい」


 オレの目の前に腸詰め肉と葉物を挟んだパン……ようするにホットドッグが置かれた。タコスのほうが近いか?


「ああ、ありがとう。エルゥ」


 いつも運んでやる側だから、ちょっと新鮮だ。


 ――


「……やっぱりケチャップがほしいなぁ」


 遅い昼飯を食いながら呟くと、エルゥがピクリと反応した。ケチャップが通じなかったのだろう。


「……何が足りんかは知らんが、肉をパンで巻くなら野菜も添えろと言いだしたのはお前だろう」


「その方が体にいいんだよ……ビィが野菜嫌いだからいろいろ工夫しないと」


「私はタコの方がよほど……まぁいい、それで?」


「じゃあ説明するが……氷魔法が生みだす水を仮に『氷結水』として、この水の特性がオレの知ってるものと同じだとすると……」


 オレは黒板に下手くそな絵を交えながら説明をはじめた。


 ――


「と言うわけで、氷結水は急激な体温低下や呼吸不全による目眩、立ち眩み、そして昏倒の危険性がある。ビィの魔力枯渇はこの症状と混同されているかもしれない」


「……ふむ」


「特に密室で氷を使いすぎると危険性は高まり、そのまま昏倒していると死を招く。これがオレの考えだ」


 エルゥは最後まで静かに聞いてくれた。翻訳には気を使ったが、ちゃんと全部聞き取れたんだろうか。


「……理解できそうか?」


「馬鹿にするな、私だって騎士で貴族だ。魔法がもたらす反作用については十分理解している」


「そりゃよかった」


「……だがわからん」


「わかんないのかよ!」


「勘違いするな! 私は風だから氷魔法が『氷結水』と同じ作用かがわからんだけだ。ホントだぞ?」


「まぁそれならいいが……」


「理屈は十分理解できた。お前は賢いし、使い手であるベティなら心配いらんだろう。だがな、カケル……」


「うん?」


「お前がそこまで危険だと感じてるならすぐさま、ベティが何と言おうと氷魔法をやめさせろ。それで解決だ」


「それは……極端すぎるだろ」


 エルゥは突き刺さるような鋭い眼差しを向けながら立ち上がった。


「いいかカケル、賢いが優しすぎる男よ。優先順位を間違えるな」


 くるりと踵を返し、カッカッと姿勢よくドアに向かい、


「氷室がなくなったぐらいでハイランドは揺るがん。だが……」


 ――グッ


 歯を食いしばるような一瞬のためらいのあと、風の騎士はその先を口にすることはなく部屋を去っていった。


「……ビィ」


 頭よりも、胸が痛く締め付けられた。


 ――


「アヴィも氷魔法の制限には賛成なのです」


 寝台に座るアルビノの少女はすでに寝る準備を終えていたが、オレの相談を聞いてくれた。


「アヴィもか……氷室はいいのか?」


「不便はあるでしょうが、冬は越えました。そもそもアヴィはお姉様の氷の施しについてずっと反対していたのです」


「そうなのか?」


「……私たちの魔女と言う二つ名は、人を死に至らしめる魔力を持つことを意味するのです」


「魔女……」


「それも男たちのように武技に頼ることなく、魔法だけで完遂可能な女だけが魔女と呼ばれるのです」


「ああ……魔女の二つ名で名乗りをあげるのは、『私はあなたを殺せますよ』って宣言だったのか……」


 アヴィはこくりと頷く。


「そして氷を使える女性はすべからく魔女と名乗らなくてはならないのです。……言いたいことはわかりますね? カケル」


「……そもそも施しに使うような魔法じゃないってことか……よくわかった、ありがとうアヴィ」


 アヴィは頷き、ほのかに微笑んだ。


「じゃあ、明日にでもビィに相談してみるよ。遅くまで悪かったな」


 オレは立ち上がり、おやすみを言って部屋を出ようとしたが、その声に引き止められた。


「あの……カケル」


「うん?」


「もしイヤでなければなのですが……」


 ……珍しいな、アヴィがためらうように言いよどむなんて。


「……今夜はもう少し、アヴィとお話しませんか?」


 ……ん?


「……ええッ!?」


 呪殺の魔女の一言は、その名乗りよりよっぽどオレの心臓を止めかけた。

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