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魔女アビゲイル

 ここは屋敷の応接間。


「大いなる力を持つものには、大いなる責任があるのです」


「……はい」


「魔法とは人々を豊かにし、庇護を与えるためにあるのです」


「……はい」


「故に、魔法はみだりに使うものではないのですよ?」


「……はい」


 10歳ぐらいの少女にコンコンと説教されているのは、氷の魔女にして広大なるハイランドを統べる者、偉大なる我が主ベアトリクス・ハイランド


「ベティお姉様はそれをわかっていながら、なぜ教会を氷漬けにするような真似をしたのです?」


「アビィそれはね、違うの。私は施しの氷を作っていただけで……」


「だけで……?」


 アビィと呼ばれたアルビノの少女は凍りついたオレの腕を見やる。メイドさんが二人がかりで頑張って溶かしてくれてるところだ。


「いや……なんか調子よくってぇ、たくさん氷を作っていたら、カケルが止めに来てぇ、そしたら魔力放出が止まらなくなってぇ……」


 オレの腕と治療院のドアは氷漬けになり、急ぎ屋敷まで運ばれてきた。


「そのはしたない口調をやめるのです。魔力枯渇は大丈夫なのです?」


「別に、いつも通りよ」


「それはようございました。魔石は残っているのです?」


「魔石は使っていないわ、見ての通りよ」


 ベアトリクスが胸元から取り出した首飾りの宝石は青く輝いている。


「ありえないのです」


「……本当よ」


「お姉様、アビィは本当に怒っているし、本当に心配しているのですよ? お姉様はこれまで何度も魔力枯渇を起こし意識を失っています。今お姉様になにかあれば、ハイランドはどうなるのです?」


「……悪かったってばぁ」


 どうやら力関係は妹のほうが上らしい。外では領主然としていても、家族の前では年相応の女の子らしい振る舞いを見せている。


「すまない、きっとオレが無理やり止めたせいだと思う」


 そろそろ助け舟をだそうと話を遮り、溶けてきた右手を上げる。


「……アビィはまだあなたが何者なのか知らないのです」


「ヤマトカケルだ」


「名前は聞いてないのです。もう一度問います。あなたは一体何者なのです?」


「アビィ……カケルはヤマトの客人で」


「いいえ、いいえ、お姉様はわかっていないのです。お姉様には彼が人に見えているのですか? 彼の声が人の声に聞こえているのですか?」


 あ、これバレてるな?


「精霊の友たるアビィにはわかるのです。それはまだ世界が一つだった頃の言葉、それは今や常世から失われた言葉、『幽世の言葉』を人間が使うなど、ありえないのです」


 あーなるほど? なんとなく雰囲気は理解した。自動翻訳のほうがわかりやすいけど。


「呪殺の魔女アビゲイル・ハイランドが命じます。魔性なるものよ、その姿を現すのです!」


 美しく細い白杖、その切っ先がまるで銃口のようにこちらに向く。


「……アビゲイル、やめなさい」


 ベアトリクスが前に立とうとするが、オレはそれを制して首を振る。


「どうせいつまでも隠しきれるもんじゃない……身内なら別にいいだろ?」


 しゅるしゅるとターバンを解き、ツノをあらわにする。


「……?」


 あれ? 反応薄いな?


「えーと……見せたけど?」


「もっとないのです? クックック、バレてしまってはしょうがない。我が真の姿をみせてやろう! グワーッ……みたいな?」


 かわいい。レッサーパンダみたいなポーズしてる。


「ごめん、これ以上は特にない。あ、爪は結構硬いかも?」


 秘技、レッサーパンダ返し!


「予想と違ったのです」


 アビゲイルはがっかりしたように座り直す。剣呑な雰囲気が去り、怯えてたメイドさん達も恐る恐る戻ってきた。


「アビィ、心配しないで。カケルは私が召喚した使い魔よ」


「それが禁書の魔術なのです?」


「それは教えられないわ」


「ふぅん。なんとも妙ちきりんりんですね」


「なにその言葉?」


「はやりんりんなのです」


「……話が落ち着いたなら、着替えて来てもいいかな?」


 オレはお湯と溶けた氷でずぶ濡れりんりんなのです。


 ――


「カケル様、新しいお召し物です」


 部屋をあてがわれたオレは今、本物のメイドに囲まれ、着せ替え人形になっている。現代日本ならあこがれのシチュエーションだと思うじゃん!? 安心してください、みなさんそこそこお年召してます。


「ず、ずいぶん、いい服のようですがいいんですか?」


「ベアトリクス様が、『使う人間のいなくなった部屋も服も好きにくれてやれ』とおっしゃいましたから」


 あー部屋も服もお兄さんのね! どうりで広いしいい仕立てだと思いました。でもオレ家ではスウェット派なんですよ。汚れてもいい服にしませんかね!?


「……こちらの服なら仕立て直しは不要ですね、いかがですか?」


 メイドさんが手に持った鏡に映る自分の姿をみた感想は……意外とワイルドだった。ツノはもちろんだが、記憶にある自分の姿より強そうだ。


 借りた服はタートルネックシャツに、大きく胸元の開いた上着と同色のボトムス。フォーマルながら着心地も良く、丁寧な作りを肌で感じる。


「とてもいいですね。サイズもピッタリで着心地も良いです。ありがとうございます」


「……私共にそのような言葉遣いは不要です。労いならありがたく頂戴しますが、感謝されるほどのことでは……」


 労いって、チップのことかな? 異文化わかりにくぅ……


「わかった、でも君たちを労えるほどオレは偉くないから、感謝だけでも送らせてほしい」


「……失礼を承知で言うなら、もっと恐ろしい方かと思いました」


「期待に添えられずすいません……オレは悪人面なだけで、平凡な一市民ですよ」


「ふふ、変わったお方ですね。それではこれで失礼します。夕食の準備が整いましたらお呼びしますので」


 ふわりと緩やかなカーテシーの礼をして去っていくメイドさんを見送り、ようやく一人になれたオレは大きく伸びをして椅子にくつろいだ。


「はーーーー疲れた……」


 窓の外は夕暮れ、時間を確認しようとして時計もスマホも無いことに気づく。聞こえてくる教会の鐘の音が時間を知らせるのだろう。年代や地理が気になるが、確認したいことが多すぎてそれどころではない。後でじっくり調べものをしてみるかと思案するも、さすがに文字は読めなかった。


「人に聞くしか無いよなぁ」


 ならばと夕食の時に聞きたいことを考えてみる。……領内のことはもちろんだが、気になるのは魔法の種類やベアトリクスたちにできる事、魔石のこと、他には……。


「……ダンジョンがあるなら、冒険者もいるのかな?」


 悪魔の力で冒険者になって一攫千金、なんてバカな妄想を働かせながら、オレはいつの間にか眠ってしまった。


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