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ミラの苦悩

ミラ視点でのお話です

 私はミラ、ただのミラ。セイレム地方の平凡な一家庭に産まれ、女の子なら誰もが好きなお貴族様ごっこ……水の施しや治癒術の真似をする遊びをしていた時、私の手に本当に治癒の奇跡が起こりました。


 私は驚愕し、天にも昇る気持ちで喜びの声をあげ、両親にその事を報告しました。そして私が養子であり、両親の本当の子ではなかったことを知って私の心は地に落ちたのです。


 私は修道院にその身を預けられ、文字と神学を学び、治癒術を修練し、大天使エセリエル様の血を分け与えられた者としての責務、治癒の施しと神の教えを伝えることを義務付けられました。責務を務めるに十分な治癒術が使えると認められた私は貴族になりました。


 王国法では貴族としか定められていないものの、実際には序列があります。純血を守る聖都の王侯貴族、聖都の周辺領を担う正当貴族。地方領主や豪族の元で生まれた辺境貴族。それらの貴族から放逐されたり、遊び相手から産まれたはぐれ貴族。そして私のような孤児や市井(しせい)から拾われた底辺貴族。バニシュなどと揶揄(やゆ)されることもあります。


 立場を弁えればいじめのような陰湿なことはされないものの、私のような底辺貴族は戦地や辺境の開拓地での任を任されることになります。私の行き先はセイレムの北端、北方辺境ハイランドの教会にある治療院でした。


 赴任のご挨拶に伺った領主の氷結卿レオンハルト・ハイランド様は寡黙な方で、近々娘に領主を任せるため今後はそちらとお話するよう言付けられました。娘の名はベアトリクス様。私と年の近い、美しく愛らしい方でした。


 ハイランドに赴任後、二年目には戦争が始まり、北方のフロストランドからの侵略に備えて先輩方が関所へ従軍に向かいました。彼らは帰ってきませんでした。


 帰ってきたのは数え切れない傷病兵たち。誰もが癒やしの奇跡を求めていました。私は教会に残った魔石を使い切るほど治癒を行いました。それでもケガ人は次から次へやってきて、そして恐るべき流行り病のミアズマが蔓延しだしたのです。聖都からの救援は流行り病を見ると逃げるように去っていきました。


 私の心は絶望に打ち震えました。このままでは人手が足りない、魔石も足りない、ここも安全ではない。このままでは誰も彼もが私に治癒を求めて死んでいく。何より私まで流行り病にかかったら、もうおしまいだと。


 ――あの方がやってきたのは、そんな時でした。


 最初に彼の声を聞いた時、私はまるで神の福音を得たような感覚を覚えました。異国情緒あふれる姿、礼儀正しく丁寧な言葉使い、その声は不思議な音色を伴って耳元で囁かれるような、まるではじめて治癒術の加護を得たときのような旋律を感じたのです。


 後にそれが精霊言語なるものと知りましたが、その声に私の心は高鳴り、もっとそばで語りかけてもらえないかと……はしたなくも身を寄せてしまったことを思い出すと、今も顔が赤らんでしまいます。


 ――ザパ


 冬の冷たい水が私の頭を冷やしてくれる……。彼は事実、私とハイランドに福音をもたらしました。恐るべき流行り病を言葉一つで収束させたのです。


 病の元であるミアズマは血を好み、清らかな風と水、そして火で清められたナイフや火酒であれば簡単に祓うことができるという。それは正に三天使の御業ではないか。石灰は良くわかりませんでしたが、それがヤマトの知恵であるというなら信じようと思いました。


 効果はてきめんでした。流行り病はあっという間に収束し、私もまた流行り病から身を守ることができたまま平穏が訪れました。私はこの奇跡を聖都に伝えるべく報告書を書きました。彼のことは秘匿の義務により記す事ができなかったため、ある方の助言によるものとだけ記載しました。


『ミアズマは血を好み、血の匂いに引き寄せられる。そしてミアズマは人の口や傷口から体内に入り込む。一度体内に入り込んだミアズマは清めることが難しいが、その前であれば三天使のお力でたやすく清めることができる。その力とは清らかな水、清らかな風、清らかな火である。以下に具体的な対処法と実例を記載する……』


 その報告書は聖都の神学会にて取り沙汰され、すぐにその効果が実証されました。報告書を書いた私は『ミアズマの退魔師』として聖都で一躍時の人となったそうです。それは私に向けられるべき称賛の声ではありませんから、来たるべき時にその事を明らかにするつもりでした。


 ですが、報告書を書いている時から私の中には小さな『シコリ』が生まれていました。ハッキリと何がとは言えない違和感があったのです。


 そして、彼女がやってきました。


「あんたが音に聞こえた『ミアズマの退魔師』かい?」


 カタコトのエセル語で話しかけて来た異国の旅人に、私は否定の言葉と本来そう呼ばれるべき人の名を話しましたが、伝わりませんでした。仕方ないので言付けを頼みカケルさんをお呼びしました。


 良くわからないまま、領主の寝室までついていった私は、そこで自らの過ちを知りました。


『傷口をエグる』


 それは治癒に失敗した時に必要な処置です。異物を残したり、骨が曲がったまま繋がったり、膿が内部に溜まってしまったりする時。本来私が気づき、すぐに処置しなくてならないこと……案の定、傷口には石が残っていました。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、施術後の傷を治癒しようとしました。


『――さわるな!――清めな!』


 彼女は強い言葉で、それでも一部私に分かる言葉で怒声をあげました。


「ミラさん、湯で手を清めてからと言っています」


 私はその言葉に従い、手を清めてから治癒を行いました。傷口は驚くほど深くえぐられていました。石一つに何故ここまでエグる必要があるのか、その時は思いも寄りませんでした。


 カケルさんの通訳によれば、それはミアズマの元であったのです。穢れた石は穢れた牙や矢じりのように重篤な病をもたらすと。


 私は自らの過ちの重大さにようやく気づきました。そして私の心の『シコリ』もまた大きくなりました。


 カケルさんは以前、私に手を清めろとは一言も言いませんでした。ただ傷口を洗うよう、血がついたら清めるよう言われただけです。ですが、本当に清めるべきはあの時彼女が怒声をあげたように、私の手ではなかったのでしょうか?


 ミアズマは傷口から入り込む。穢れた空気、穢れた血、穢れた石から。ならば私の手は? もし清める前のこの手にミアズマが憑いていて、その手が傷口に触れたなら……治癒の後で病に侵された人々は……。


 いやだ! 知りたくない、そんな恐ろしいことを考えたくない、私は! 私は頑張ったんです! ケガ人と病の蔓延する地獄で、それでも責務を務めようと! ……なのに、そんな……。


 ――ザパ


 長い祈りと水行を終えた私が教会へ赴くと、神父様が待っていました。


「おめでとう、シスターミラ。君の功績がみとめられ聖都への導きが与えられた。春からは聖都の教会でもアカデミーでも望む先を選ぶことができるよ」


「ありがとうございます、神父様……だけど

 私は……」


「……うん?」


「私は……この胸のわだかまりを残したまま行くことはできません」


「残るのかい……? ハイランドはいい土地だが、決して安全ではないよ?」


 私はこの傷口をえぐってでも、『シコリ』を取り出さなくてはいけない。この胸に残る疑念をはらさなくてならない。それを残したままこの地を離れれば、私はきっと不治の病に陥ってしまう。


「残ります。この身尽きるまでハイランドに。私はこの地で眠った大勢の英霊たちのために、報いなくてはなりません」


「……わかった。私の方で返事をしておこう」


 私はその足でご領主様のお屋敷へ向かいました。


 ――


「カケルさん、今お話よろしいでしょうか?」


「ミラさん、どうかしましたか?」


「……未熟な私に、どうか本当のことを教えてください」

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