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月の夜

「良い月夜だな」


「あん……?」


 満月の夜、夜空を見上げるツクヨに声をかけると、眉を吊り上げずいぶん訝しげな顔で振り返ってきた。


「……なんだ?」


「いや……あんたにその気があるわきゃないか。……そんな言葉であーしを口説いてきた(やから)はこれまで星の数ほどいたもんでね」


「あぁ、月夜(つくよ)だからか。悪いな、そんなつもりは微塵もなかった」


「まぁ、カケルくんなら口説かれるのも悪かねぇ。残念ながら姉さん一筋っぽいがね」


「そうだな。オレの好みは金髪で青い目をした、おっとりしててスタイルの良い、お姉さんタイプの氷魔法が得意な女性だ」


「ククク、何一つかすっちゃいねぇな。かろうじてお姉さんってとこぐらいか」


「八百歳でお姉さんは無理があるだろ」


 見た目的にも無理があるが。


「おい今あーしのことババァ扱いしたか?」


「とんでもない」


 ――バチッ


 いきなり目の前で火花が弾けた。


「次言ったらその頭ちりめんにしてやるからね」


 こいつ火魔法使えるのかよ……


「……礼を言いに来たんだ、怒るなよ。ビィのこと、ありがとな」


「口さがねぇのがタチでね……別にあーしは大したことしてねぇ、命張って助けたのはあんただろう」


「だけど、ツクヨも命をかけて助けてくれたじゃないか」


「はん……?」


「蓬莱の薬の話、話すとヤバいんだろう? わざわざしなくていい話をオレにして、一蓮托生してくれたんだ、礼の一つも言わせてくれ」


「そういうことをわざわざ口に出して言うんじゃないよ、胸に秘めとけってんだ野暮天め」


「良く言われる。だからまぁ、オレもツクヨにはちゃんと話しておこうと思ってな」


「何をだい?」


「オレは、ヤマト人じゃない」


「……鬼っていいたいわけじゃ無さそうだねぇ」


「そうだ、オレは(ことわり)の違う世界のヤマト……日ノ本の国、日本から来た。正確にはそこで死んで、ビィに悪魔として召喚されてきたんだ」


「……何言ってんのかよくわからねぇが……」


「ヤマトはオレのいた国の昔の名だ。古くはヤマト王権から、ヤマト朝廷になって……奈良の都は京都に移り、やがて朝廷が力を失って武家が台頭して、鎌倉幕府ができて室町幕府へ、武家が覇権を巡って戦国の時代を経て江戸幕府へ……最後の江戸幕府が倒幕されて日本になる。そして世界中で戦争が起きて、日本は負けて、でも再興して平和になるんだ」


「……まるで違う国の話みてぇだ。ヤマト朝廷が力を失う? 天地がひっくり返ったってありえねぇ」


「なぜだ?」


「そりゃあ、帝は死なねぇからさ」


「……そこが違う。いや、そもそも魔法の有無や大陸の形も違うんだろうが……オレの知ってる日本との大きな違いはおそらくそこだ」


「どういうこった?」


「蓬莱の薬さ。帝にそれを与えたのは『かぐや姫』だろう?」


「な……んで、その名を……」


「オレの国では有名な話だ。でもこっちの『かぐや姫』の話に出てくる帝は、蓬莱の薬を飲まずに燃やしたんだ」


 その言葉を聞いたツクヨは大きく目を見開き、声も出ないほど口をパクパクさせていた。


「……そりゃあ……そりゃあ大したもんだ。名君にもほどがあらぁ……あたしもそっちに生まれてりゃ、こんな体になってねぇってことか……」


「ツクヨの話を、聞かせてくれるか?」


「……かいつまんだってながくなるぜ」


 ――


 ツクヨは、かぐや姫の妹だった。正確にはかぐや姫が月に帰ってから竹取の翁のもとに生まれた娘。15の時に両親が亡くなり、都から迎えが来て都に居を移した。そこで帝に蓬莱の薬を下賜された。


「最初は嬉しかったもんさ。飴玉みたいな玉一つ飲んだだけで、急に皆にちやほやされて、綺麗なべべにうまい飯、いろいろこまけぇしきたりや作法はあったが、こんないい暮らしができるのはきっと姉上様のおかげなんだってな。そして帝にはじめてお呼ばれした時、こう言われたんだ」


 ――姫に比べれば醜女(しこめ)だが仕方ない。月へ帰った姫の代わりに朕と共に永遠を生きよ。


「あたしは恐ろしさで逃げ出した。永遠? 永遠ってなんだ? なんで帝はあたしなんて嫁にするんだ? 姉上様はどこにいるんだ? いやだ! 姉上様が月に帰ったなら、あたしもそっちに連れてってくれ! ってな」


 それからツクヨは重罪人として追われ、山狩から逃げるために崖から身を投げた。死んだはずの体は月の夜に目覚め、わけもわからないうちに野犬に囲まれ、生きたまま食われてまた死んだ。


「何度死んでも月の夜にまた生き返る。飢えて死んでも、毒で死んでも、凍えて死んでも、生き返ってはまた死ぬの繰り返し。百回ぐらい死んだあたりでようやく偏屈な薬師の爺に拾われてまともな暮らしができるようになった」


 薬師はツクヨの権能を知ったうえで生きていくための知恵と薬の作り方を教えてくれた。


「毒でもなんでもあたしに飲ませて、どんなに苦しんでも『どうせ生き返るんだろう?』とかほざきやがるクソ爺だったけどね」


 薬師は晩年ツクヨを地方の親分に預けた。命の恩義があるというその親分はツクヨを娘のように大事にしたと言う。


「そっからはまぁ、薬売ったり香具師(やし)の真似事したり、あっちいってこっちいって、好きかってに生きてきたが、二百年ぐらいでとっ捕まって帝の御前にひったてられた」


「どうなったんだ?」


「それが、あんなに恐ろしかった帝も二回目あった時には干物の出汁ガラみたいなボンクラにしか見えなくなってた。もうあたしに興味なんて無くて、姉上様への執着しか残ってなかった。ただ姫を探してこいっつって北は蝦夷から南は琉球まで、捕まるたびに島流し食らって、とうとう別の国に来ちまったってわけだ」


「まぁ……一番偉くて一生生きてんなら、欲望なんてすぐ枯れちまうか」


「哀れなもんさ……うつろう心を持ったままうつろわぬ身を持っちまうなんてね。あたしは()()は成りたかない。死んだように生きるぐらいなら、生きるために死んでやる」


「お前なら大丈夫だろ。食い意地はってるしな。未来のヤマトはうまいもんも面白いもんもいくらでも手に入るぞ」


「そりゃ楽しみだ! とっとと帝を廃して日本を作ろう!」


「いや、日本になっても天皇は残るけど……」


「……ずいぶん夜もふけちまったな……話の続きはまた今度、次はカケルくんの話も聞かせてくんな」


「あぁ、オレもツクヨには話したいことが山ほどある」


 ツクヨは話を終えて立ち上がり、部屋に戻る前に振り返ってオレに一言こう言った。


「なぁカケルくん、もしあんたが……その鬼の権能でいつか帝も殺せる力を得たのなら……」


 ――どうかあたしを殺しておくれ。

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