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今ここにある薬

「お嬢様! お気を確かに!」


「口を抑えろ! 呼吸が止まる!」


 ツクヨの治療から五日、ビィの症状は急激に悪化していた。けいれんからはじまり首から背中にかけて筋肉が硬直しはじめた。小さな音や光にも過敏に反応するため、できる限り部屋を暗くして安静を保っている。オレはビィの傍にいることさえできず、ツクヨの手伝いに従事していた。


 まともな食事も取れず、汗だくで声も出せないビィの姿を見ているのは、あまりにも辛かった。屋敷の誰もがこの病の恐ろしさに震えていた。


 エルフィンは自責の念にかられ、アビゲイルは禁書を探すと地下にこもり、メイドの中にはきっとツクヨの治療が悪かったのだと口にしだす者もいた。そんな中でもツクヨはこの五日間、薬湯を作り、血を抜き、常に気を張ってできることを模索しつづけていた。ミラも魔力が枯渇するまで治癒を続けているが、治癒も薬もこの病の前には無力だった。


「……カケルくん、話がある」


 その日の夜深く、燭台を持ったツクヨに声をかけられ部屋に招いた。


(あね)さんには近々峠がくる、ああなったらもう十中八九助からない。繰り返し血を抜いても良くならねぇ以上、すでに毒素が神経を蝕んでるだろう」


「どうすればいい!?」


「こうなればこちらも神鬼(じんき)の類に頼るしかねぇ。カケルくんのその鬼の力、権能(けんのう)如何(いか)に」


 オレの力……?


「正直わからない……オレは元々人間だ。こっちにきてからこのツノと……自己治癒の力を身につけた。自分でもよくわかってないんだ」


「自己治癒……不死(しなず)の権能かい?」


「刀を貸してくれ、見せよう」


 オレはツクヨの白鞘を借り、その刀で腕を深く切った。血が流れ落ちる。その傷を強く抑えると瞬く間に元にもどった。


「はん……えせりえる様と似てるね。手で抑えないと治らないのかい?」


「そうだ、だから鬼になってからも小さな傷じゃこの力に気付かなかった」


「ちょいと違いはあるが……同郷にして同類たぁ奇妙な縁もあるもんだ。いや、だからこそ海を越えられるのか……」


「……同類? あんた、貫禄の割にずいぶん若いと思ったが……」


「そうさ、これでももう八百年は生きてる。帝より下賜(かし)された蓬莱(ほうらい)の玉の薬効さ。これを話すと首だけにされちまうから、他では人魚の肉を食ったとうそぶいちゃいるがね」


 聞いたことがある。人魚の肉を食って不老不死になった逸話のある女性。


「あんた、八百比丘尼(やおびくに)だったのか……」


陸奥国(むつのくに)じゃそんな風に呼ばれてんのかい? 尼の恰好なんざ滅多にしたことないけどね」


「それで、どうするんだ?」


「まずは血だ。その鬼の身が毒か薬か見極めよう」


「もし毒だったら……」


「死ぬか、鬼と化すだろう。安心しな、あーしはどんな毒だろうと一晩たてば元に戻る。そういう権能だ。さ、腕を出しな」


「……わかった」


 ツクヨは躊躇なくオレの腕の血管を小刀で切り、滴り落ちる血を飲み込んだ。


「……味は人の血と変わらねえが……毒ではなさそうだ」


 ツクヨは血のついた口の端をぺろりと舐め、自身の体調の変化を調べ始めた。


「心拍上昇、血圧上昇、体温上昇、発汗作用……強心剤や精力剤には最適だな」


「使えそうか?」


「どうかな……あんた、欠損は治るのかい?」


「試してないが……」


「なら試そう、指落としな」


「マジか……」


「だめならあーしが繋いでやる」


 オレの前に台と小刀が用意された。まさか異世界で小指を詰めることになるとは……


「南無三っ!」


 ――ダン


「ぐぅぅう……」


 オレは関節から先が無くなった小指を強く握りしめる。するとタコみたいに新しい指がゆっくりと生えてきた。


「なんだ、生えるじゃないか。えせりえる様より上等だ」


 取れたオレの小指を眺めながら、ツクヨがぼそりと呟いた。


「欠損が治るってことは……肝がとれる」


「おい、まさか……」


「熊の肝……龍の肝……強い生き物の肝は古来より珍重される万能薬さ。鬼の肝なら申し分ないだろう」


「……それならビィは助かるのか?」


「わかってるくせに聞くな。あーしはお(ため)ごかしはしない。こんな事はダメで元々だ。あんたが命を張ったからって助かる保証なんてどこにもない」


「……」


「だけどやらずに後悔するぐらいならやって後悔しようじゃないか。五日もそばで見てりゃあんたの姉さんへの愛情深さもわかるってもんだ」


「わかった……肝臓でも腎臓でも、好きに持っていってくれ」


「……恩に着るよ。もしあんたまで死んだなら、あたしが一生その罪を背負おう」


 ――


「……声一つあげないとは大したもんだね」


「今のビィは音に敏感だからな……俺の声で苦しめたくない」


「半分は残してあるから安心しな。……健康な肝だ。これならきっといい薬になる」


「よせ……見せるな、ただでさえクラクラしてるのに、自分の内蔵なんて見たくもない」


「くくく、鬼も肝が無くなるととたん度胸がなくなるもんだ」


「そういう話じゃないだろう……頼んだぞ、ツクヨ」


「まかされたよ、カケルくん」


 翌朝、ツクヨが鬼肝凶心丹(きたんきょうしんたん)と名付けた薬を飲んだビィは筋肉の弛緩が緩み、高熱にうなされながらも眠りについた。


 その日、けいれんは起こらなかった。

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