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薬師ツクヨ

「カケル、その人はどなた?」


「ヤマトから来た薬師のツクヨさんと言う人だ。診させてもいいか?」


 寝台に横たわったまま、不安げな顔で頷く我が主ベアトリクス・ハイランド。


「ただいまご紹介に預かりましたツクヨと申します。御免なすって」


「……こんな姿のままごめんなさい」


「病人なら病人らしく寝てなすってください。先ずはお手を拝借いたします」


 オレはツクヨの言葉をビィに伝えながらツクヨの触診を眺めた。問診しながら脈を測り、ケガの跡をなぞり、熱を計り、心音を聞き、ヘラ棒を使って舌と喉奥を覗く。医の心得がある者の淀みのない動きだった。


「……食事は取れてなさいますか? 舌に痺れは?」


「ええと……食欲はあまりなくて、口が痺れるような感じがあります」


「左様でございますか……これは汚れ傷のもたらす病でございましょう。この腕のアザについて委細聞かせてもらえやすか?」


「詳しくはオレが話そう」 


 ――


「なるほど……それでそちらの尼さんが治癒の術をお使いになったと」


「はい、神聖教会の治癒師ミラと申します」


「であればこれから傷をエグりますので同席されるがよろしかろう」


「えっ? ……傷をえぐる?」


 オレが聞き返したことで、全員がビクリとその言葉に反応した。


「へい、尼さんが塞いだ傷をもう一度かっぴらいてこの腕に残ったシコリを取り出さないといけません。もちろん相当に痛みますんでこの鎮痛の丸薬をお飲みになって布を噛ませなせぇ」 


「……シコリ?」


「取り出せば何もかもが明らかになりましょう。(それがし)は灰の湯を準備してまいりますのでかまどをお借りいたします」


「待ってくれ、その施術についてまだみんな納得してない!」


「納得するもしないもありゃしません。今すぐ出さなきゃ助かる命も助かりやせんぜ。カケルくん、あんた破傷風の恐ろしさは知ってるだろう?」


「……間違いないのか?」


「口の痺れが決定的だ。早いうちに診れたのは運がいい。だがこのままじゃ一割、取り出して三割の命だとおもいねぇ」


 うそだろ、そんな……そんなに!? そんなに致死率が高いのか!?


「……わかった、うちには石灰がある。必要ならそれを使ってくれ。メイドには伝えておく」


「……さすがミアズマの退魔師、話が早くて助かるよ。他じゃこんな事あっても追い出されて終いだったからね」


 ツクヨはメイドとともに湯の準備に向かった。寝台のビィはひどく青ざめた顔でこちらをうかがっている。


「カケル……傷口をエグるって本当に? 私、エルゥみたいに痛いの慣れてないよ……?」


「あぁ、早く傷口を開かないと死ぬかもしれないと言っていた。この鎮痛剤を飲んでおいてくれ」


「そ、そこまでひどい病気じゃないよ! 熱だって高くないし、気だるいだけで……あの人本当に信じられるの!?」


「ヤマト人であること、医の知識があることは確かだ。見ていておかしいところもなかったし、何よりオレも恐れていた病気の可能性が高い」


「……カケルは、信じてるの?」


「今のところは信じられる」


「じゃあ……私も信じる……」


 ビィは渡された丸薬を飲み下し、ミラは黙したまま部屋に控えていた。


 ――


「いっ……!!」


「我慢なすってください。出産よりはいくらかマシでございましょう」


 ツクヨは湯で洗浄した小刀でビィの腕に残ったあざを切り開き、えぐり出した。受け皿にボトボトと血が流れ出し、やがてコトリとシコリの元が取り出された。


「痛っ…! 痛い!!」


「石は出せましたが周りの肉も削がねばなりません、ご勘弁を!」


「んーーーーーーー!!」


 布を噛むビィの叫びが屋敷中に響きわたり、施術が終わるとビィはぐったりと気を失った。そばに寄り添うリリが汗を拭う。


「しばらくこのまま悪い血も抜きましょう」


「……瀉血(しゃけつ)か? それは迷信じゃないのか?」


「ようご存知で。あーしもこんな外道ヤマトじゃやりませんがね。こっちじゃこれが正道でしょう」


「……なぜだ?」


()()()()()様がおるんでしょう? 悪い血を抜いて新しい血がもらえるならそれに越したことはありません。神でもなんでも使えるものは使わないともったいない」


「……そういうことか」


「さ、そろそろ良いでしょう。どうぞ尼さん、神頼みでもなんでもどうぞ」


「……では、神聖教会の治癒師ミラが神に代わって施しを」


「ばっちぃ手で傷口に触るんじゃねえ! 灰の湯で手を清めな!」


「……!?」


「ミラさん、湯で手を清めてからと言っています」


「も……申し訳ありません……これでよろしいですか?」


「あぁ、とっとと祈祷してやんな」


 ミラが治癒術を行い、ビィの傷はみる間に癒やされていった。


「なんか、ミラさんにあたり強くないか?」


「……あーしはこの国の治癒師って奴が嫌いだ、どいつもこいつも何も考えずにすぐ()()()()()様に頼りやがる。カケルくん、通訳してくんな」


 ツクヨは受け皿をもって治癒を終えたミラに詰め寄った。


「ほら見なよ。これがあんたらの言うミアズマの元だ。瘴気か呪いに見えるかい? 違うだろ、ただの石っころだ」


 そこにあったのは、血にまみれた小さな……ほんの小さな石の欠片だった。


「あんたが何も考えず傷口を塞いじまうからこんなもんが姉さんの体に残っちまったんだ。洞窟の(けが)れが染み付いた石がな。これが獣なら爪や牙が残ってるようなもんだ。これが戦なら矢じりが残ったまま、あんたは傷を塞いじまったんだ」


「……申し訳ございません」


「清める前の手で傷に触るも同じ事、切った繋いだ毒だ薬だやるような、人の生き死にに関わる人間が、知らなかったじゃ済まされないんだよ!」


 ミラに詰め寄り声を荒げるツクヨの形相に、誰も口を挟めなかった。


「あんたは命を救ったつもりで、一体何人殺したんだ!」


「いいすぎだ、そこまでは通訳できない。」


「はん、お優しいね。あーしは医の道に優しさなんて求めない。いいかいミラとやら、あんたが本当に人を助けたいなら、あんたは本当のところを知るべきだ。そうでないなら医者の真似事なんて辞めるんだね」


 ツクヨは勢いそのままに部屋を出ていった。


「……申し訳……ございません……私が未熟なばかりに……」


 石の受け皿を両手に持ったまま、ミラの瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。


「シスターミラ、ツクヨが言ってた事は……」


「わかっています……言葉がわからなくても、彼女が何に怒っていたのか、私がどれだけ愚かだったのかも……」


 ……オレはミラに掛ける言葉が見つからず、ただ落ち着くまでそこに立ちすくむしかなかった。


 ――


 その翌日、ビィの体にけいれんが始まった。

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