ヤマトより来たりし者
「どうぞお控えなすって、陰ながら親分さん御免なすって、姉上さん御免なすって、土足わらじで敷居を跨がり御免なすって、どうぞお控えください」
三度笠の行商人は屋敷に入るなり羽織の紐をとき、親指に紐を挟み込んで手を差し出し、腰かがみに発しはじめた。
「カケルさん……この方はなんと?」
同行したミラと共に、自室で休むビィを除いた屋敷の者達が不思議そうにその旅人の所作を見ていた。
「仁義を切るってやつか……? 『今から名乗りますので大人しく見ててください』って言ってる」
「はぁ……?」
「なんだか良くわからないけど面白そうなのです」
「……早速のお控えありがとうございます。手前、生国発しますはヤマトが讃岐の山中にて、年老いた翁と婆やのもとに生まれ、野山かき分け草花摘んで、いつしか薬師の道を転がり始めて幾星月、西へ東へ東西奔走、何の因果か帝の御威光賜りまして、海を渡りてたどり着いたが『えせる』大陸、名乗るほどの姓は無く、名をば顔も知らぬ姉上様にあやかりまして月の夜、染み付いた薬草の匂いから人呼んでドクダミのツクヨと申します。どうぞ皆々様お見知り置きを」
……見事な口上だが、周りは全くピンと来てない。え、これ翻訳するの?
「……あー、彼女はヤマトの讃岐と言う土地の出身でお爺さんとお婆さんから産まれ……」
――
「……で、名前をツクヨさんと言うそうだ」
「通訳ありがとうございやす」
「ええと、仁義の礼儀は知りませんので普通に名乗りますが、オレはヤマトカケル。ヤマトの姓はこちらの屋敷の主人に授けられた仮の名です」
「それはそれは良き名を賜りましたな。まさにまさしくヤマトの同胞とお見受けしますがお生まれはどちらで?」
「東北……陸奥国と言えば伝わりますか?」
「良ござんす。しかしそちらの訛りがございませんのはいかなる妙で?」
「こっちへ来たときに何某かから精霊言語という魔法みたいなもんを授かりましてね。互いに言葉が通じるので訛りも無くなるみたいです」
「なんそれめっちゃ便利ぃ〜! あやかりてぇ〜!」
ツクヨが地べたに頭をこすりつけながら悲痛な叫びをあげた。苦労してんだろうなぁ……。
――
「グワッグワッ!」
三度笠を脱いだツクヨは、意外なほど若い女性だった。長い黒髪を一つに束ね日本人特有の凹凸の少ない顔立ちに、あどけさなの残る15〜16才ぐらいの、世が世なら女子高生といった容貌だった。
「いやー食った食った! こんなに腹いっぱい食えたのは久しぶりだよ〜!」
「じゃがいもでよければいくらでも。少しは落ち着きましたか?」
「チッチッ、そいじゃ一つお尋ねしますがね、カケルくん、あんた……どうやって海を渡ったんだい?」
「……それはオレも聞きたいところだ」
「なら、あーしから話すのが筋だね。……島流しさ。流されて嵐の憂き目にあってなお、あーしは泳ぎが得意でね。息もたえだえにこの国までたどり着いたってすんぽうさ」
「オレは……津波にさらわれた。気づいたらこの屋敷の主人に拾われて、ここにいる」
……まぁこれならウソはついていないだろ。
「ほぉん……それで生きてるなんて、よほど前世で徳を積んだんだろうね」
「あんたもな。だが島流しって、何やったんだ?」
「ちょいと帝の機嫌を損ねただけさ」
「それ、ちょっとした事じゃないだろ……」
「あんなボンクラとお別れできて清々してらぁ。あんただってそうだろう?」
「いや……オレは別に」
「草も木も……」
「うん?」
ツクヨは片眉を吊り上げにやりと笑って続けた
「草も木も、我が大王のものなれば、何処も鬼の棲むところなし」
「……」
「源氏のサムライにでも国を追われたんだろう? 違うかい、えぇ? 隠しちゃいるがその頭、あるんだろう?」
「……あぁ」
――チャキ
……ツクヨが白鞘に手をかけた。屋敷の空気がピンと張り詰める。
「此方なら人肉を食らえると思うたか? 鬼よ」
「いや? 馬と鹿の肉しか食ってない」
「……馬鹿言いねぇ」
「あんたが客人として大人しくしてくれるなら主人が晩飯にだしてくれるだろう」
――ストン
「良ござんす。鬼は嘘をつけぬと申しますから、もうしばしお話を続けさせてもらいましょう」
良かった、荒事にはならなさそうだ。オレは白杖を構えようとしていたアヴィをどうどうと落ち着かせる。エルゥが席を外していて良かった……。
「その主人だが、今具合が悪い。あんた薬師としてはどうなんだ? 頼めるか?」
「……帝のお声がかかる程度にゃ、毒も薬もその身でかじってるさ」
「なら、飯代がわりに診てもらおう。刀は置いていけよ」
オレはツクヨを連れてビィの寝室へと向かった。
(*-ω-)アヴィはミアズマのいる部屋には入れてもらえないのです……頼みましたよ、ツクヨ、カケル……。




