治癒士ミラ
村の教会のそば、傷病者が集められている治療院。
「邪魔するわ。みんな、体調はどう?」
ハイランド領主ベアトリクスの登場に、人々がわっとわき立つ。
「べべ様、ごきげんよう! 早速ですが熱冷ましの氷が足りておりません。お願いします!」
傷病兵らしき男が木桶をどんと差し出す。べべ様と言うのは領民からの愛称らしい。
「よし、勇敢なるハイランドの民よ、汝らの主が施しを与えるさ」
ベアトリクスが片手を下に向け、むにゃむにゃと念じると、掌から落ちる氷がガラガラと音を立て、木桶一杯に満たされていく。
「氷が届いたぞー!べべ様の施しに感謝をー!」
「「「施しに感謝をー!」」」
人々の声が唱和すると、ベアトリクスは満足げにうなづく。氷の魔女は製氷機として人気らしい。
「こうした魔法による施しが人々の上に立つ者の責務。希少な氷魔法がハイランドのお家芸なのよ。冬は誰からもお呼びがかからないけど」
ふふ、と満足そうに微笑むベアトリクスがそっと身を寄せてくる。
「……しばらく肩を借りるわね」
よく冷えた手がオレの肩に乗せられ、心地よい重みがよりかかる。これが従者の仕事なら役得だな。
「魔法ってそんなに疲れるのか?」
「私は魔力が少ないの。氷の魔女なんて、名前負けしてるわよね。まぁ、今の貴族はほとんどがこの程度よ。魔石を使えばもっと楽だけど……」
ベアトリクスは胸元の首飾りを取り出し、見せびらかすようにくるくると手遊びしている。
「魔石ねぇ……」
なにそれって感じだが、今は綺麗な宝石よりその持ち主を休ませることに集中しよう。決して胸に目がいったわけでは……
「あなた、ぬくいわね……」
なんかスリスリされてる……出会って数刻のわりにスキンシップが激しいな。ペット感覚か?
「手が冷えてるだけだろ……冷たいからあんまりあちこちさわるな」
しばらくすると奥からトコトコと若いシスターらしき女性がやってきた。
「ベアトリクス様、傷病見舞いありがとうございます」
ミラと呼ばれたシスターは胸元で両手の指先を合わせて挨拶を交わした
「シスターミラ、状況はどう?」
「見ての通り……あまり良くはありません。けが人も病人も絶え間なく訪れ、魔石も底をついて、流行り病で倒れる治療者もいます……」
「苦労をかけて申し訳なく思う。教会には心からの感謝と労いを」
ベアトリクスが懐から取り出した袋をシスターがうやうやしく受け取る。喜捨かな?
「ハイランド家のご信心は領民すべてにいき届きましょう。ところで、そちらの方は?」
「ヤマト出身の客人で、私の新しい従者となるカケルよ、よしなにね」
「まぁ、ヤマトの方とは初めてお会いしました! 神聖教会のミラといいます。エセル語は通じますか?」
「はじめまして、シスターミラ。ヤマトカケルと申します。言葉は分かりますが、こちらの文化はまだまだ勉強中です。色々と教えていただけますと幸いです」
ペコリとヤマト式の一礼。ヤマトなんて知らんけど。
「え! あ、あの、ひょっとして、カケル様はヤマトのやんごとなきお方ですか?」
「え、いえ!? な、なぜそう思われたのですか?」
「それはだって……苗字がヤマトで、発音が美しく、所作もお言葉も丁寧で、何より雰囲気がまるで……」
近い! 近い! なんかうっとりしたシスターの顔がどんどん近づいてくる! ベアトリクスといい、女性陣の距離感近くないか!?
「や、ヤマトでは一般的な苗字で珍しくありません。それに大体の日本人はこんなものです!」
やべ、日本人って言っちゃった。
「そうなのですか……ヤマトとはきっと、とても素敵な国なのですね」
特に問題なかった。日本=ヤマトで自動翻訳がされているのは間違いないようだ。それにしても持ち上げられすぎな気がするが。
「それくらいにして、シスターミラ。彼のことは教会内でも他言無用でお願い。今は波風を立てたくないの」
「はい、汝の安らぎのために秘匿の義務を守りましょう。その代わり私にはこっそり教えてくださいね?」
「もう少し落ち着いたらね。それじゃあ治療の様子をカケルに見せてもらえる? ヤマトの知恵を借りれるかも知れないわ」
「わかりました。病室はミアズマが憑いていますからベアトリクス様はご遠慮ください」
「ええ、私はもう少し水と氷を追加してくるわ」
「体調はもういいのか?」
「大丈夫よ、少し休んだら逆に魔力がみなぎってきたの!」
ほんとに心配なさそうだ。魔力回復って早いんだな。
「ところでシスターミラ、ミアズマとはなんですか?」
「ミアズマは病の魔素です。弱った人にまとわりつき、病を引き起こします。魔物や不浄な土地の瘴気から生まれると言われています」
「……なるほど」
これは魔力のある世界だからか、それとも中世の迷信的なものか、判断に迷うな。
「まずはけが人の治療をご覧ください。次はあちらの方です」
ミラの向かった先には脚に包帯を巻いた男が寝台に腰掛けている。
「少し痛みますよ」
シスターミラはゆっくり包帯を剥ぎ、大きな裂傷から膿んだ部分を小刀で削ぎ落とす。痛みに顔を歪める男の患部をミラの両手が優しく包む。
「お待たせしました。神聖教会の治癒士ミラが、神に代わって汝に施しを与えます」
――歌声のような祈りとともに、淡い光が瞬き、その手に収束していく――
ミラが手を放すと傷はすっかり癒えていた。製氷機と比べて神秘性がすごい。まさに、魔法。神の奇跡だ。
「……もう大丈夫、大きい傷の治癒後は『治癒熱』が出やすいので家で安静にしてお休みください。戦傷ですので労いも不要です」
「……ありがとうございました。神に感謝を」
祈る患者を見送ったミラは手についた血を前掛けの布で拭い、こちらに向き直った
「いかがでしたか?」
「すごいですね、あんなに大きな怪我を一瞬で……」
「これも偉大なる神のご加護です。私の魔力では至らないことばかりですが……」
「治癒術はどんな怪我でも治せるんですか?」
「何事も限界はありますが、治癒術は本人の治癒能力を高めるものですので、若い患者ほどよく効きます。一応教えでは信仰心の差ということになっていますけど……」
内緒ですよ? と耳打ちされてドキッとしてしまう。これが背徳感……。
「……こほん、骨折や重傷などは、数日に分け少しずつ、緊急性が高ければ魔石を使うこともあります。また、完全に欠損した部位の復元はできません」
外傷に関してはほぼ万能だな。戦いは死ななきゃ安い……って感じか。
「毒や病に対しては?」
「毒や病は症状を和らげることはできますが、取り除くことはできません」
「戦争で毒が使われることは?」
「それは悪魔にも劣る所業とされる禁忌です。此度の争いでは使われていませんし、我々が使わせません」
シスターの力強い口調で、よほど毒が嫌われていることがわかる。恐らくこの世界にはまともな薬がないのだろう。
「詳しくありがとうございます。現在この村で流行している病の症状はどのようなものですか?」
「多くはよくある咳熱ですが、けが人を中心に広がっており、治癒熱と併発して症状が重くなると重症化します。戦争が起こるとミアズマが増え、この手の流行り病が起こるのです」
「……よくわかりました、ありがとうございます」
「病室も見ていかれますか? あまりお勧めはしませんが……」
一応扉ごしに中を見せてもらったが、病室では重病患者だけが寝かされており、ときおり治癒術を行う……と言うものだった。
「大体わかりました。この病なら流行りを抑えることができるかも知れません」
「まぁ! カケル様は流行り病への対処法をご存じなのですか!?」
この村の流行り病の対処はシンプルだが、それをどう伝えるかは大きな問題だ。
なぜなら……流行り病を広げているのが他ならぬ、この善良なシスターミラだからだ。
『あなたが病原菌だらけの手で患者の傷口に触れて回るのが原因だ』
こんな話、それを裏付ける科学がなければまず信じてもらえまい。例え信じたとしても、彼女はきっと深く傷つくだろう。
これまで病で死んだ人のうち、ミラの手から感染した人は何人いるだろうか? そんなことを、優しい彼女は知らない方がいい。
「ミアズマがオレの知る病気と同じであればの話ですが……」
「ぜひ、聞かせてください」
「……ミアズマは口や傷口から体内に入り込み、一度でも体内に入り込めば浄化は難しくなります」
「ええ、おっしゃる通りかと思います」
「ですが……入り込む前なら、清潔な空気や水で簡単に浄化できます」
「まぁ……!」
「室内はこまめに外の空気を取り込み、傷口は清潔な水で洗い流してミアズマを浄化してください」
「わかりました! さっそく徹底いたしますわ!」
ここまではいい、次が一番大事なことだ。
「また、ミアズマは血を好みます。血のついた手や布、そして刃物はすぐに洗い清めてください。石灰か石鹸があればより効果的です」
「石灰……? それはなぜですか?」
強アルカリ性とか言っても伝わらないよね。アルコールも貴重だろうし。
「詳しくはわかりませんが、経験にもとづくヤマトの知恵です。熱湯や強いアルコールが良いとも聞きます。血の匂いがミアズマを引き寄せているのかもしれません。シスターも十分お気をつけください」
「……はい! 戦争で流行り病が起こるのはミアズマが血を好むからだったんですね! 目から竜が飛び立ちました!!」
……すごい比喩が飛び出たな? まぁなんにせよ、これで流行り病が少しでも収まればいい。そっちがなんとかなればけが人の回復はあっという間だろう。
「誰かーー!! べべ様を止めてくれー!!」
!?
突然の男の叫びを聞き、急ぎ外まで飛び出したオレはとんでもない光景を目の当たりにした。
「あはははは!! まだ作れるぞ!もっとだ! もっと桶を持って来い!!」
教会の外では辺り一面を氷つかせながら、氷の魔女が笑っていた。




